部屋の片隅、君のもの

春嵐

第1話

 いままで、色々ありがと。じゃあね。そう言って、彼女は出ていった。

 部屋の片隅に、彼女のものが置いてある。少年漫画。ゲーム機。ビー玉を発射するおもちゃ。ミニカー。なんかよくわからないプラモデル。いま思えば、子供みたいな趣味。

 彼女がいない部屋。いつもは、そこかしこに彼女が散らかした物があるのに。今は、どうしようもないほど、整理整頓されてしまっている。

 こんなもんか。自分ひとりでは。全てが片付いてしまう。何もかもが、区分けされて、綺麗に並べられた人生。この部屋みたいに。

 彼女も、そういう自分に飽きてしまったんだろうか。彼女のおもちゃのような、誰かを虜にするだけの魅力が。ないのかもしれない。


 はあ。


 彼女がいないから。ため息も自由。

 ベランダに出る。ここにも、綺麗に並べられた観葉植物。

 煙草擬きに火をつけて。


 ふう。


 一息。彼女の前では、これも吸わなかった。咳や風邪を事前に防ぐ、煙草とは真逆の効果を持つミントのやつ。

 煙。

 消えていった。

 こんなふうに。

 彼女がいなくなることを、なんとなく、受け入れている自分がいる。

 煙。

 一服したら、仕事でも、しようか。

 ちょっとした正義の味方をしている。理由や大義があってそうしているのではなく、依頼されてそうしているだけ。たぶん、最初に声をかけてきたのが悪の組織だったら、わるいやつになっていたと思う。この煙のような、吹けば飛ぶような、その程度の軽さ。

 煙草擬きをくわえたまま、部屋に戻り。ラップトップを開く。もう彼女がいないのだから。部屋で吸っても。かまわないだろう。

 彼女の匂いが、ミントに上塗りされていく。いなくなった彼女の、最後の残り香。といっても、おもちゃ独特のプラスチックの匂いだけど。特にフェミニンなものは、ない。

 仕事をこなす。

 どうでもいい。そう思いながら。正義の味方の依頼をひとつひとつ。つぶしていく。

 自分にとって、彼女は。なんだったんだろう。

 じゃあ、彼女にとって自分は。なんとなく部屋を出ていけば関係の終わる、その程度の人間だった。そういうことか。


「はあ」


 もう一本。煙草擬きに手を伸ばす。

 ひとりの部屋。

 彼女の残したおもちゃが、部屋の片隅で陽光を反射している。晴れているのだなと、なんとなく、思った。


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