第8話 文化祭《志乃》

「お疲れ様ー」


 ふう。疲れた。ステージでのダンスが終わった。やっと終わった。今まで長かったような短かったような…でも精一杯できて良かった。それにっそれにっく、楠くんも見に来てくれたし…嬉しい。嬉しいいい!なんかステージめっちゃ緊張したし。な、なんであんなこと言っちゃったんだろう。つ、つい?みたいな?は、恥ずかしい。この後、どうやって顔合わせたら良いのぉ。

 

 みんなが段々と楽屋となっている物理教室に戻っていく。


「志ー乃ちゃんっ」


「ひゃあ。つ、冷たい」


 葵ちゃんが私の頬にキンキンに冷えたオレンジジュースをあててきた。葵ちゃんがクーラーボックスに入れて持ってきてたのってこれだったんだ。


「志乃ちゃん、帰ろう?着替えて私達も学祭まわろうよ」


「うん」


 鼻歌を歌いながら物理教室に歩いていく葵ちゃんをみていると私まで歌いたくなってきた。二人で鼻歌を歌いながら向かう。


「あ、そうだ。志乃ちゃん、楠くんへのコメントすっごく良かったよ」


「へ?……も、もうっ葵ちゃん!」


「ええ〜?」


「あ、あれはついみたいな?そ、それに……葵ちゃんも言ってたし」


「だって私は晴くん彼氏だもん」


「いいなあ〜」


「じゃあ志乃ちゃんも告───」


「ああああ、葵ちゃんっ」


 葵ちゃんっ私、今それをすごく気にしてるのにっ。な、なにか葵ちゃんの興味をそらす話題は………………あっ、あのことを相談しなきゃなんだった。


「ん〜?なあに?」


「えっと…その」


「あ、志乃ちゃん着替えながら話聞くよ」


「へっ?」


 気がつくとそこは物理教室の目の前だった。もうこんなに歩いてたんだ……

 自分たちが着替えた場所に向かい、衣装を脱ぐ。


 もうこれを着ることはないかな……一生懸命、みんな時間をかけて作った衣装。一から、デザインから考えて沢山間違えて、沢山考え直してやっと完成した。

 胸元に大きなリボン。フリルの着いた袖。ラメ入りのミニスカート。動きやすいようにソフトで、どれだけ踊っても蒸れないようにした通気性のある生地。私達は八人組で同じデザインでもそれぞれ衣装の色は違う。ピンク色、緑色、水色、黄色、紫色……。私のはピンク色だ。ピンクといっても濃いものではなく、いわゆるパステルカラーというものだ。


「もう、これを着ることはないのかな…」


「そうだねぇ。これを着ることはないかもねぇ」


「今までたくさん頑張ったよね」


「うん」


 あ、どうしよう。なんか涙出てきた。成功した嬉しさからなのか、もうこれで終わりという寂しさなのかはわからない。いいや、多分どっちもだ。


「志乃ちゃん…」


「ご、ごめ。なんか涙が。なんでだろ」


「ううん。私もだよぉ」


 葵ちゃんが優しく抱きしめてくれる。ありがとう、葵ちゃん。


「せんぱあああい、私も悲しいです」


「みんなっ」


「今まで、今日までお疲れ様でしたっ」


 それから私達はしばらく泣いた。



「落ち着いた?」


「あ。葵ちゃん。うん、もう大丈夫」


「他の子も行っちゃたし私達も行こう」


 気がつくと物理教室は私達だけになっていた。私、結構泣いたんだな。なんか目の周りが…。


「葵ちゃん!私の顔腫れてる?」


「え?ううん。志乃ちゃん泣いても腫れないよね」


「あ、うん」


 あああああああっぶなーい。腫れてるかと思った。腫れてたら楠くんに会いにいけない。次は確か楠くんの当番だったはずだし、タキシード姿、見に行かなきゃっ。委員長にはもし人手が足りなかったら楠くんを接客にまわしたらどうかなって提案したけど受け入れてもらえてるかなぁ。い、いやあのねっ楠くんがタキシード姿になったら格好良いだろうな、とか見てみたいなとか、いっっさい考えてないからねっ!?


「どこからまわろっか」


「あ、私自分のクラスを見に行きたい!」


「いいね。私も志乃ちゃんのクラスを見に行きたいと思ってたし」


 私達は事前に渡されていた鍵で物理教室に鍵をかけ、教室へと向かう。

 歩いていると、私達のことを話している声が聞こえてくる。


「お、おいっめっちゃ可愛くね?」


「どこどこ?」


「あそこの二人組だよ」


「本当だ。めっちゃ可愛い」


「あの人たちめっちゃ可愛い」


「ねえもしかしてあれって上田葵ちゃんじゃない?」


「え、上田葵ってあの!?」


「そうそう。SWEETでモデルをやってる」


「超有名人じゃん」


「あ、手前の子ってさっきのステージのセンターの子だ」


「あ、めっちゃキレが良かった?」


「そうそう」


 色々言われているなぁ。正直に言ってもうこういうことには慣れた。小さい頃から顔立ちは整っていたから街を歩いていたら注目されていたし、度々声をかけられた。もう今では全然気にならないけど、小さい頃は怖かったなぁ。


「あ、着いたよ」


「うん」


「うわ、すごい繁盛してるっ!」


「すごい。沢山、人いるねぇ」


「まさかここまでとは思ってなかったよ」


「そうだよねぇ」


 本当に人、いっぱい。こんなに沢山の人が来てくれるなんて。


 あっ!楠くん、タキシード姿だ。かっこいい!委員長、ありがとうっ。あ、接客するんだ。どこに行くんだろう?……………んんんん?じょ、女子のところ!?な、なんで?え、え、え?

 うわ、よりにもよってギャルみたいな女子集団だ。遠目じゃ分かりにくいけど、絶対あの人達、楠くんのこと狙ってる!

 ……………な、なんか話してる。ぜんっぜん聞こえないっ!何、話してるのぉ!ものすごく迫られてるしっ!ス、スマホ?も、もしかして連絡先交換!?私だって楠くんと連絡先交換したのはついこの前なのにっ。それに楠くんは、わ、わた、私、私のっ


 そう思ったら勝手に足が動いていた。


「そういうことは一切お断りしておりますっ!」


 私の声が教室中に響いた。

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