第5話 《柊志乃》視点

「柊さーん、これここで良いの?」


「志乃ーここはこのまま提出したら良いの?」


「柊ー」


「志乃ちゃんー」


「皆ちょっと待ってー」


 私の一日はとても忙しい。なぜなら文化祭が近づいて来ているからだ。

 私たちのクラスはメイド喫茶をすることになった。私は、クラスの実行委員として生徒会副会長として活動している。


「柊、何か手伝うことはあるか?」


 ある一人の男子が話しかけてきた。彼はとても優しい。いつも私を助けてくれる。助けて、と一言も言ってないのに。私のことを分かってくれる。気にかけてくれる。


私はそんな彼のことが大好きだ。



 はあ、今日も疲れたな。文化祭まであと一週間か…

 皆一生懸命頑張ってくれてるし、結構準備は進んでる。でもその分、生徒会の仕事がかさんじゃったんだよね。まだ全然手をつけてないし、このままで終わるかな。


 昇降口まで歩いて行くと、そこには人影が見えた。

 どうしたんだろう、こんな遅くまで。もう誰も残ってないと思ってたんだけどな。

 もう少し歩いて蛍光灯の下まで行くと、その人物が初めて見えた。


「楠くん?どうしたの?」


 そう。そこにいたのは私の大好きな彼だった。


「いや、ただ一緒に帰ろうと思っただけだ。迷惑だったか?」


「いや全然!迷惑なんかじゃ」


 全然迷惑なんかじゃない。逆だ。飛び跳ねてしまいそうなくらい嬉しい。彼が私のことを待っていてくれた、その事実だけで心臓が飛び出しそうなくらいだ。


「じゃ、帰るか」


「うん!」


 二人で昇降口を出る。もうその行動だけで嬉しい。

 私は彼と二人で帰るこの時間が好きだ。お互いに今日あったことを沢山話して一緒に笑う。駅までの道のり、会話が途切れることはない。駅までじゃ足りないくらい。もっと一緒にいたいと思ってしまう。

 前から彼と一緒に帰ることはあった。それにもう日課になりつつある。いつも彼が私のことを待っていてくれる。今日みたいに遅くなっても待っていてくれる。


 お互いに沢山話し終えて、空白になったその時間。私は意を決してを話すことにした。あのことを話したら彼はどんな反応をするだろう。楽しみだ!


「あ、あああのさ、楠きゅん!」


 ああ!噛んじゃった。声も上ずっちゃたし。うぅ、恥ずかしい。


「ど、どうした?」


 やっぱり言うのやめようかな。ううん!もう言うって決めたんだ。よし!


「私、文化祭の一日目にダンスをするんだ。友達とステージで」


「え、マジ?」


「う、うん!オリジナル曲で歌も歌いながらって感じなんだけど」


「すごいな、柊」


「それでね、来てほしいなって思って」


 ど、どうだろう。わ、私のダンスなんて見たいって思ってくれるかな…?


「もちろん!行くよ」


 え?今、見に来てくれるって言った?本当に?わーい!だったらもっと練習頑張らないと!彼にすごいねって言ってもらえるように。


 あっという間に駅に着き、彼と別れた。

 名残惜しいな。でも明日も会えるんだし!

 家に帰るまでの道のりがいつもより短く感じた。



 私の家は小さい頃から両親が共働きで、ずっとお姉ちゃんと二人で過ごしていた。でも姉は、去年から大学生で上京してしまった。たまに家に帰ってくることはあるけど大型連休以外、滅多に帰って来ない。


「ただいまー」


 鍵をさし、ドアを開ける。今日はいつもより家が明るかった。リビングのドアを開けると、大音量でテレビが流れていてそこから少し離れた位置にあるソファに少し酔っている綺麗な女性がいた。


「お姉ちゃん?」


「おー、帰ってきたか。妹よ」


「お姉ちゃん、帰ってくるなら言ってよ」


「まあいいじゃんいいじゃん!」


 私が愚痴ると、綺麗な女性(姉)がわしわしと頭を撫でてきた。


「ご飯、食べよー」


「うん。お姉ちゃん、作ったの?」


「そうそう。今日はお姉ちゃん特性オムライスでーす」


「わーい」


 お姉ちゃんは料理上手だ。私の何倍も美味しい。たまに興味で変なアレンジを加えたりしてるけど、それがなかったらお店に出せるんじゃないかと思うくらい美味しい。私も料理は作れる。でもそれはお姉ちゃんに教えて貰ったからだ。


「それで?どうしてお姉ちゃん帰ってきたの?有給取ったの?」


 姉特性のオムライスを咀嚼しながら姉が帰ってきた理由を聞く。

 お姉ちゃん結構自由だからなぁ。


「それは可愛い妹が見たくて!」


「そういうのいいから」


「ちぇ。つれないなあ」


「そういうの慣れてますからー。で、本当は?」


「そんなのクソ上司から逃げてきたに決まってるでしょ!」


 やっぱり。またか。お姉ちゃんは仕事で嫌なことがあったり面倒なことになったらすぐに帰ってくる。まだ愚痴ってる姉を放り、スマホを手に取り、画面をチェックする。


『楠晴人よりLINEが届いています』


「えっ!」


「なになに〜」


「い、いや!何でもないっ!」


 楠くんからLINE!?嘘!LINEはよくするけど今日はあのことを言った後だからビックリ。え、なんだろう?


 アプリを開き、彼のトーク画面を開く。


『1日目のダンス、俺めっちゃ楽しみにしてるから!頑張れよ!2日目も一緒に回れるの楽しみにしてるから。

柊、誕生日近いよな?なんか欲しいものある?』


 嬉しいっ!楽しみにしてるって。やばい、めっちゃニヤける。な、なんて打とう?


「なになに〜」


「もうっお姉ちゃん!何でもないってば!」


「何でもないってわけじゃないでしょ〜。ほら、お姉ちゃんに言ってみなさい」


「も、もうっ」


「え〜?好きな子からのLINE?なになに?一日目のダンス楽しみにしてる。2日目も一緒に回れるの楽しみにしてる。へぇ〜?あんた、やるじゃん。一緒に回る約束したんだぁ〜」


「う、うぅ。そ、そうなんだけど」


「それでどうして誘ったの?」


「そ、それは一緒にいたいから」


「ふぅーん?」


「べ、別に良いでしょっ」


 お姉ちゃんの意地悪っ!分かってるくせに


「まあまあ。落ち着きなって。ほら、欲しいもの聞かれてるんじゃん。早く答えなよ」


「わ、分かってるよ。で、でもなぁ。欲しいものなんてないし」


「あんた、昔から欲しいもの言わなかったしねぇ」


「そ、そうなの!」


「じゃあさ、デートとか誘ってみたら?2人で遊園地でも行けば良いじゃん」


「デ、デート⁉︎お、お姉ちゃん何言ってるの?」


「別にデートっていうのは付き合ってる人達が行くものじゃないのよ?減るもんじゃないんだし、行けば良いじゃん」


「そ、そんな簡単に…」


「じゃあさ、その子を他の人に取られても良いわけ?」


「そ、それは嫌だけど」


「じゃあ、グダグダせずに誘うっ」


「う、うぅ」


 私はもう一度スマホを手に取り、彼のトーク画面を開く。うぅ。デートかぁ。は、恥ずかしい。でも他の人に取られたくないしっ。よしっ


『楽しみにしてくれてありがと!私も2日目一緒に回るの楽しみにしてるよー!私は特に欲しいものとかないなぁ。でも一緒にお出かけしたいな。文化祭が終わってひと段落したらどこかに行かない?』


 何度も何度も読み直して変なところがないか確認する。よしっ大丈夫。送信っと。


 ふぅ。返事、どうくるかなぁ。一緒にどこか行ったらそのまま付き合えたり…って何想像してるの私っ


「あ、志乃ー。ここにあるアイス食べて良い?」


「あ、お姉ちゃん、それ私のー!」


 これからも彼と仲良くできたら良いなぁ。私はそんなことを思いながらキッチンへ向かった。



 





 

 

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