7月14日

「律伽くんは本当に優秀で……」

「もぉ〜先生本当にお世辞が上手なんだからぁ〜。大したことないですよ〜うちの子なんて」

 夏休みを間近に控えた時に発生するこの三者面談というイベントが、俺はすごく嫌いだ。親と教師の化かし合い。反吐が出るほど嘘だらけ。母はこういう時の立ち回りが上手い。私たち本当に良い親子でしょう、私は息子を心から愛していますみたいな顔を俺の前で平気でする。この化かし合いで母が負けたことは一度もない。面談後、教師から決まって「良いお母さんだね」と言われるのだ。その度に人を見る目がない奴がなんで教師なんだろうと思う。別にそれが悪いことだとは思っていない。早くこの空虚な時間が終わることを窓の外を見ながら祈っていた。ハイヒールで容赦無く殴る悪魔の隣はあまり気分が良くない。


         *


 三者面談を終えて、いつもなら母はこのまま仕事に向かうのだが、今日は違った。この後再婚相手に会うことになっていたからだ。訪れたのは近くのファミレスで、久しぶりの外食。若干の期待と不安を抱えながら出された水を流し込んで待った。母は携帯をずっといじっている。こんな人と結婚したいなんて、酔狂な人だな。それともまた化かし合いに負けた人間なのか。


   親の再婚って、ろくなことねぇから


 キョウの言葉が頭の中を反芻する。今より酷くならなければなんでも良い。事態が好転するなんて期待してない。いや、ほんの少しだけ、しているかもしれない。

「あいちゃんおまたせ。……はじめまして、律伽くん」

 母は○○さんと大袈裟に叫んだ。俺はその人をじっとみた。俺より一回り大きい。半袖のポロシャツを着た男だった。……殴られたら一溜りもないな。キョウの家庭は、そうなのかもしれない。

「今日をすごい楽しみにしてたんだ。これからよろしくね」

 少し黒く日焼けした手を差し出してきた。自分の真っ白で細い手が折れそうな気がした。俺はその手をとって絞り出すように言った。

「……よろしくお願いします」

 蚊の鳴くような細い声だった。我ながら情けない。相手の顔を見ると不気味なほどにニコニコしていた。この言いようのない感情はなんだ。

「さぁご飯食べましょ! ○○さんはもう食べた?」

「いや、まだだよ」

「よかったぁ〜」

 この時ばかりは母に救われた。

 

         *


 そのあとは別に変わった点はなく、普通にことが進んでいった。あの時以外不審な点もなく、極めて普通の人。こんな人が母とやっていけるのかは少々疑問だが、なってくれるならありがたい。キョウの忠告はすっかり忘れていた。会計も全て払ってくれて、おまけに車で送ってくれた。良い人に出会ったんだなと思った。3人で家に帰ると珍しく母が料理を作ると張り切っていた。手伝うよ、と狭いキッチンに二人並んだ。やっと普通に戻れると思った。

 結局あの人は泊まっていくらしい。明日は休暇だそうだ。母と一緒に寝室に行った。お盛んなことで、と自室のベッドで眠った。暴力に怯えない夜は久しぶりのはずだった。


             その夜、俺はあの人にーーーー

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