7月8日

「よぉ〜やっぱ暑いわ」

 そう言ってやってきたキョウは珍しくマスクをしていた。それでもわかるぐらい、左頬が腫れている。

「久しぶりに顔面殴られてさ、めっちゃ痛てぇの」

 唇が切れていた。真新しい傷。血が滲んでいる。暑い中マスクなんて無理、とキョウは嘆いた。相変わらず俺たちの体に生傷は絶えない。

「リツは最近どこに傷できた?」

「……背中」

「タバコ?」

「そう」

「あいつらマジ灰皿持ってねぇよな。バカスカ吸うくせに」

 唇が切れてもなお、キョウはおしゃべりだった。さっきからずっと殴られた所をいじっているけど。

「……気になるなら、氷貰ってきなよ」

「保健室行くのだりぃ」

「……次の時間、国語だって」

「ふーん……。サボるのに都合が良いな」

 国語の先生はよく生徒を当ててくる。答えられないと笑いものにする嫌な人だった。

「あいつ身だしなみきちんとしろってずっとうるせぇんだよな。世の中全員肌が綺麗だと思っていやがる」

「……」

「ま、9割ぐらいはそうなんだけどさ」

 その9割から外れた俺たちはいつもどこか肩身が狭い。外れていることがバレないようにひっそりと、何事もないように生きないといけない。それが何となく、辛い。

「説明してもわかんねぇよなー。ワイシャツと傷が擦れる時の痛みとか」

「……わかってもらおうとするだけ、無駄」

「そうそう」

 助かる場所はどこにもない。家庭は愚か学校すら居場所じゃない。ここは、家よりマシだからいるだけ。本当は……。本当は何がしたいんだっけ。俺は何を望んでいるのだろう。世界を平等に照らす太陽は、問答無用で俺たちを燃やしていく。

「リツ?」

「……」

「大丈夫か?」

 相槌が打てない。あ、ヤバいやつだ。気を失いそう。キョウが俺の体を引っ張る。驚くほど力が入らなかった。

「保健室行くぞ」

 キョウの焦った声を最後にしばらくの記憶が無い。


         *


 目が覚めると見慣れない天井が見えた。しっかりしたベッドの上。真っ白な布団。正直家の寝具より心地よい。体を起こそうとしたら頭に激痛が走ってベッドに戻った。

「起きたー?」

 キョウが上から覗き込んできた。頬にさっきまでなかった湿布が貼られている。

「熱中症らしい。良かったわ。比較的軽症で」

 そう言って何かを渡してきた。飲み物?

「経口補水液」

「……?」

「いいから飲めって。別に不味いもんじゃねぇよ」

 おずおずと一口飲んだ。美味しかった。すぐに飲み干してしまった。その様子を見てキョウは安心したような顔をした。

「今、何時?」

「もうすぐ国語が終わる」

 約2時間、いた事になる。そんなに寝ていたのか。

「放課後まで休んどけってよ」

「……その湿布、」

「貼られた。どうせ後でとるけど」

「……教室、戻るの?」

 そういうとこちらに顔を向けた。できれば、隣にいて欲しい。そう思った。

「……ここにいてやるよ」

 机に突っ伏すようにキョウがベッドの端に顔を埋めた。その言葉にひどく安心した。またキョウの手が俺の頭に伸びていく。撫でられた心地よさでまた眠りについた。

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