同じ穴の、

.sei(セイ)

同じ穴の、

とんとん、かちゃ、ぱちん。

とんとん、かちゃ、ぱちん。


 白崎さんの細い指がプリントを揃え、端をホチキスで留める。


•••••••


 国語係の私と白崎さんは、明日の授業用のプリントの準備をしている。私がプリントを重ねて、白崎さんがホチキスで留めていく。流れ作業的にただ黙々と紙を重ねていく。静かな教室で、ホチキスの音が大きく響く。

 当然、私の作業が先に終わった。ホチキスは1つしか渡されなかったから、私は白崎さんの作業を見つめていた。


 白崎さんは色白で、華奢な体つき。髪は長くて真っ黒。休み時間はよく読書をしている。そんな白崎さんが、ただ、黙々と、作業を続けている。


とんとん、かちゃ、ぱちん。

とんとん、かちゃ、ぱちん。


 リズミカルな音が一瞬止まって、白崎さんが髪を耳にかけた。再び、とんとん、かちゃ、ぱちん、のリズムが戻ってくる。


とんとん、かちゃ、ぱちん。

とんとん、かちゃ、ぱちん。


 ぱちん、の音に合わせるように、私は白崎さんの白く細い首筋に歯を立てた。私の犬歯が触れ、ぱちん、と皮膚を突き破る。温い、滑りのある液体が口の端から零れて、それから、


••••••


「終わったよ」 


 コンコン、と爪で机を叩く音。白崎さんの作業に見入っているうちに眠ってしまっていたらしい。


「ごめん、寝ちゃって」


「ううん、気にしないで。職員室に持って行くから、半分お願い」


「うん」


 紙の束を抱えて廊下に出た。白崎さんは私の後ろからついてきている。


「部活辞めちゃったんでしょ?」


 白崎さんの声が、2人きりの廊下に響いて私を包む。


「うん」


「それなら髪、伸ばすの?」


「そうしようかなと思ってる。似合うかわかんないけど」


 冗談めかして言うと、白崎さんは真面目な顔で絶対に似合う、と言ってくれた。


•••••••


 教室に戻った。誰もいない教室は妙に静かで落ち着かない。


「ねえ、首のとこ、キスマーク?」 


「え?」


思わず右手で首を押さえた。


「違う違う。左側だよ」 


 ふふ、と笑いながら白崎さんはカバンから何かを取り出した。手に持っていたのは、ネコのキャラクターが描かれた絆創膏。


「はい、これ。使っていいよ。多分、虫刺されじゃないかな」


 受け取ろうとしたら、白崎さんが何かについて絆創膏を引っ込めてしまった。


「自分じゃ貼りにくいよね。貼ってあげる」


 座って、と言われて椅子に座った。貼りやすいように首を右側に傾ける。

 耳の少し下、うなじのあたりだろうか。白崎さんの少し冷たい指先と吐息が当たる。なんだか恥ずかしくて、くすぐったくて。


「うん。かわいい」


 白崎さんは小さく呟いた。ありがとう、とお礼を言うと、白崎さんは絆創膏の上を爪で撫でた。


「どういたしまして。途中まで、一緒に帰ろ」


「うん」


「鞄、取ってくる」


•••••••


 その夜、お風呂に入る時に絆創膏を剥がした。絆創膏が皮膚を引っ張って、ピリッとした痛みが走る。洗面台の鏡で首元を見ると、赤い点が2つ付いている。触ると、小さなかさぶたができていた。



 朝、顔を洗う時にもう一度、首筋を見る。まだ、赤い点が2つ、くっきりと残っていた。


「おはよう」


「あ、白崎さん。おはよう」   


まだ人がまばらな教室。鞄から教科書を出していると、白崎さんが教室に入ってきた。


「首のやつ、取っちゃったんだ」


「うん。もう、大丈夫かと思って」


「場所が場所だから、先生に何か言われちゃうかもよ」


「そうかな」


「うん。一応、貼っておいた方がいいんじゃない?」


白崎さんは、流れるような動きで私の机に鞄を置き、昨日と同じ絆創膏を取りだした。


「貼ってあげる。座って?」


昨日と同じ位置、同じ感触。

 耳の少し下、うなじのあたり。白崎さんの少し冷たい指先と吐息が当たる。なんだか恥ずかしくて、くすぐったくて。

 昨日と違うのは、私たち以外がいること。なんだか後ろめたくて、思わず目を瞑る。余計に白崎さんを近くに感じてしまう。時折、白崎さんの爪が当たる。絆創膏の紙を剥がす音、押し付ける指。たった1、2分の出来事のはずなのに、白崎さんと私の空間だけが切り離されてしまったような感覚。教室のざわめきが遠くなる。



「はい。終わったよ」


 目を開けると、教室のざわめきが戻ってきた。私の首筋を見つめる白崎さんは、満足気で、少し微笑んでいるように見えた。

 じゃあね、と鞄を持って席に向かう白崎さんの長い髪が揺れる。私の髪も早く伸びないかな、と襟足に手が伸びる。左手が、絆創膏を掠めた。


 今月の席替えで、私は廊下側から2列目の1番前の席になった。白崎さんは、廊下側から3列目の前から3番目の席。近いようで遠い、微妙な距離。


•••••••


 1時間目、国語の授業が始まった。昨日準備したプリントが渡される。後ろの席にプリントを渡すために振り返ると、白崎さんと目が合った。

 授業中、プリントの端のホチキスを眺めていた。ぱちん、と止めるホチキス。穴は2つあいている。首筋の絆創膏に触れた。そういえば、首筋の赤いかさぶたも2つだったな、と思い出す。

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