手に残る、銃の薫り。

戌井てと

第1話

『現場近くに居る者は、急行せよ』


 音声が流れると予感させるノイズ、ジャンキーモンスター駆除の指令が、イヤホンを通し頭の中に広がる。

 休日の昼間、楽しい声で溢れる遊園地にて、突然のミッション。


「急に、来るんですね」

「特に最近、増えてきてるんだよね。薬に手ぇ出すのが一番悪いけど、俺らバイトは時間稼ぎだから気楽にやればいいよ」


 マガジンの中身を確認し、本体にセット。スライドを動かした。一連の動作に濁りが無い。


「グリップをしっかり握るっつーか、人差し指はフレームに添わせて。もう片っ方の手は支え。うんうん、そんな感じ」


 僕の手にハンドガンを当て、指を折り込んでいった。トリガー、人差し指に力を入れれば、弾は出る。


佐山さやまさんも志願ですか? 僕は、そうなんですけど」

「有害生物駆除部隊? 日本で銃が使えるって特別感あるでしょ。それがしたいだけ」


 前髪に隠れて目は分かりづらいけど、銃が使えることが楽しい──快楽、欲求それが伺えた。目的は駆除だ。面白がっていようと、彼の中にも正義感はあるはず。


 前方に見える男性。周囲を気にしながらトイレへ──…あれ、行ってない?


「佐山さん、あの男性、トイレ行きましたよね?」

三郷みさとくん。冷静だし、怪しいって感が働いてるし、向いてるんじゃない?」


 静かに距離を縮めていく。トイレへ入らずに、建物の裏へと男性は行った。


「エドムを受け取るんだとしたら、取引の相手が居るってことだよなー。薬をやりたいならトイレ行けばいいし」


 エビルドリーム、通称エドム。

 危険で依存性も高い。大量生産されており、作っている場所を潰せれば問題は解決。そう言いたいけど、拠点はいくつも存在してるだろう。

 中学、高校でエドムに手を出している同級生を目にした。一度でも体内に入れてしまえば、もう後は無い。化物となってしまった同級生に対して、部隊の人達は、駆除という言葉を使った。

 薬に手を出してしまう前に、何か出来なかったのか。悩みを吐き出せる場所は無かったのか。逡巡して、ふと黒い感情が滲む。当事者にとっては美談にしか聞こえないのではないかと。


「側には観覧車、トイレの裏で木の陰、遠くから撃つのは向いてない。どうします?」


 佐山さんは部隊の人と連絡しているようだった。考え事から頭を切り替える。


「そうですねぇ、一人だと思います。場所を離れることも無いし、誰かが出てくる様子も無さそう。え、いいんですかぁ?」


 やり取りの最後、佐山さんはねっとりとした歓声を溢した。


「人の形を保ってるなら、殺ってもいいってよ。どうりで部隊の応援が遅いわけだよ。エドムを服用してるから、簡単に理性は吹き飛ぶ。注射器には気を付けてな」


 あっ、と思い息を吸い込んだ。今でも鮮明に思い出せる、学生時代の惨劇を。大人たちがやっていたから、ゲームみたいだと変に落ち着いて見てたように思う。

 今は、守る側なんだ。だけど、自分の命はどうとでも、その考えにはまだ足りない……。


「──だ、誰だ!」

「エドムを貰えるって聞いたんだけどさ、お兄さんの事じゃない……みたいですね」

「流通経路は多いからな。欲しいなら、連絡先を教えてやってもいいぞ」


 佐山さんは腰に手を回した。来いという合図だろうか。同じ方向から出れば、男性の視界にしっかりと入ってしまうはず。僕が殺るより、囮になったほうがいいのでは。

 建物の反対側へ移動、身体のどこかへ銃口を向けられれば。あと二歩ほど近付ければ。



 銃声。

 男性はアスファルトの地面へ倒れていた。赤がじわじわと広がる。佐山さんは銃を辺りへ投げ、手首を握る。痛さで歪んだ表情。


「もしかして……注射器が」

「チクッと当たった程度で、エドムは入ってねぇよ」

「ごめんなさい、僕がもっと的確に動けていれば……」

「どんなに対策しても無理なときは無理。そういうもんなの」


 傷の手当て、謝罪。

 どれだけ謝っても満たされない感情。満たしていいのかも分からない。挙げ句、佐山さんは、「そろそろ鬱陶しいよ? 戒めが欲しいならやるよ、これからも俺と組んで」そう言って、笑った。



 ジャンキーモンスターの駆除に、休みは無い。

 テーブルの下、佐山さんの貧乏ゆすりが気になった。


「佐山さん、最近休んだの、いつですか?」

「あ? ん~? 覚えてねぇや。なんで?」

「すみません、貧乏ゆすりが気になってしまって」


 大きな噴水がある公園。車の移動販売で売られていた飲み物を買い、涼んでいた。


「俺さ、彼女がいたんだよ」

「はい」

「俺以外に交流を持つなってやり方をしてもよかったけど、彼女には嫌われたくなくてな」


 佐山さんの見た目は、孤独が好きそうで、だから……思いがけない収穫を得られることに少し戸惑う。分かりやすく頷いたりして、続きを待つ。


「仕事の先輩と飲み会なんだって、毎回同じように送り出したんだ。その先輩はエドムを服用してた。服用するか、人肉を喰うか、そうしないとあいつら二日で餓死するだろ?」

「それって……彼女さんは……」

「あいつらの餌食になったってわけ。あとで彼女のスマホを見たら、脅されて行ったやり取りがあった。俺が駆除をしてるのは、そういう理由。エドムのせいで姿は変わっても人間だったんだ、それを躊躇ためらいなく撃てるもんだから、部隊において俺は良いように使われてるよ」


 耳にノイズが入った。近くでジャンキーモンスターが出たようだ。


「さて行くか。大勢来てるだろうから、俺らの意味無いかもだけど」


 叫び声、逃げ惑う人、流血。

 この光景は、見慣れてもいいものなのか。綺麗事より、佐山さんみたく私情のほうが動きやすいのではないか。


「俺らがやるのは、あいつらの気をこっちに向けさせること。これ以上の被害は出さないこと」


 耳元、佐山さんの声を支えに、銃口を向ける。化物、元は人間。理性を失った姿、元は人間。トリガーを引いた。化物の脚に弾は命中する、大きな目玉がこちらを向いた。

 部隊が取り囲み、化物は炎に包まれていく。


「ママ! 立って、ママー!」


 女性が一人と、女児がいた。脚は流血、すぐさま場を離れるなんて無理がある。ハンドガンだけで、弾も限られてる、最善は。

 人の形は保っているものの、理性は無い。迫る化物に銃を向けた。出来る限り撃ち込む、トリガーが効かなくなって腕を下ろした。目の前に倒れている化物。


「や、やったのか? 今のうちに避難を──…」


 背中にかかる不気味な声、元は人間で、今も生きたくて。最後の力を振り絞っているんだろう。

 それに飛び掛かった、男性が一人。口は赤かった。


「佐山さん!? 何でですか、いつから……」


 ハンドガンの扱いを丁寧に教えてくれた、あの頃が頭に浮かんできた。怒ることなく笑っていた、あの頃が。

 佐山さんは自分が使っていたハンドガンを僕の手に置いた。


「ほんと危険だし、依存性のある薬物だよ、エドムは。まだ理性のあるうちに、これで殺ってくれ。三郷くんなら、されてもいい」

「な、に、言ってるんですか……出来るわけないでしょ……」

「化物になってしまえば、どう生きても全て無駄に思えるんだよ。だから早く」

「まだ化物になってません! 薬ならどこかで調達して」

「悪の道へ行ってどうすんだよ。俺は彼女のところに行ける、正義を持ってやってるんだろ? 俺を使って成してくれよ」


 血がついた、佐山さんの手が、僕に銃を握らせた。促された照準は、心臓。出会ってから二回目の笑顔を向けられる、時折口角が引きつるのは、理性を保つのに必死ということなのか。


 指先、手首に撃った反動が暫く残った。



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手に残る、銃の薫り。 戌井てと @te4-3

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