第14話 動機
裁判員の一人が、声を発した。
「裁判長、質問をしてもよろしいでしょうか?」
30代くらいの女性。
裁判長は、発言を許可した。
「奥さんが長年にわたり薬物を使われてきたのは分かったのですが・・・今回、どうして殺人を犯したのか教えてくれないでしょうか?」
「被告人、証言台に」
だが、嗚咽を上げるばかりで立ち上がろうとはしなかった。
代わりに山崎弁護士が手を上げて発言した。
「裁判長、新たな証言を紹介させてください。佐々木美代子さんが受診した産婦人科医師の証言です」
「許可します」
もとより、この証言も公判前に共有している情報であった。
そのため、あっさりと許可された。
「かかりつけの産婦人科の医師の証言によると、流産した原因を調べるために精密検査を受けるように強く勧めたそうです。その勧めに、渋々と応じたとのことです。
おそらく、精密検査を受けた場合には薬物投与がバレると思ったのでしょう。
それにもかかわらず、その夜に無理やり薬物を投与されてしまったと思われます」
証拠として提出されている注射針などを示す。
「想像となりますが、佐々木美代子さんは何としても旦那さんの犯してきた罪を隠したかったのでしょう。
そのためには、自分が犯罪者になってでも・・・と考えたと思われます。
犯行後、数日たって通報したのも注射痕が無くなるのを待ったものと思われます」
その瞬間、被告人席の佐々木美代子は大声をあげて泣き始めた。
山崎弁護士の言葉が真実であることを物語るものであった。
「佐々木美代子さんが犯行に及んだ理由は、旦那さんの罪を隠すためと思います。
長年にわたる薬物投与に対しても、受け入れている。
佐々木美代子さんは、それほどまでに旦那さんを愛していたのだと思われます」
これら内容は、陽一が山崎弁護士に伝えた内容そのままであった。
その後、何回かにわたって公判が執り行われた。
その間、被告人である佐々木美代子は黙秘を続けたままであった。
しかし、検察も弁護人も犯行の動機として同じ見解。
そして、最終日。
検察の求刑は懲役5年であった。
裁判員と裁判官が下した判決は、懲役3年執行猶予5年であった。
刑法で決められている刑罰に比較すると、かなり軽い判決。
情状酌量を大幅に認められた結果となった。
その判決を告げられた被告人は、深々と裁判官と裁判員にお辞儀した後に山崎弁護士にも、深くお辞儀した。
その瞳には、涙が光っていた。
その様子を、橘陽一は傍聴席から真剣に見つめていた。
この判決は、被告人の救いになったのかは分からない。
それでも、山崎弁護士に頭を下げ続ける被告人の姿が心に焼き付いた。
少なくとも、彼女はこれで終わりにはならなかった。
未来が続いていくことができたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます