第2話 後悔

「はい、コンビニで買ってきたわよ」

「ごめん・・・こんな真夜中に・・・」

「まぁいいわよ、緊急事態なんでしょう?」


 買ってきた包みを渡しながら婚約者の飯田美幸がため息をつく。

 すでに2時を過ぎている。

 怒られても仕方がない時間である。

 だが、美幸は真の最近の状態を知っている。

 だから、心配はすれども文句も言わずに頼みを聞いたのだった。

 買ってきてもらったのは、食料品や飲料水と下着類などである。


 美幸は、入口の衝立の陰から事務所の中を覗き込む。

 ソファには、パジャマ姿の少年がちょこんと座っている。


「それで、あの子・・・いったい誰なの?」


 真は、少年から常に目を離さないように観察しながら小さな声で言った。


「彼は・・・すっかり風貌は変わっているが、橘 陽一だ」

「えっ・・・」


 美幸が絶句する。

 顔色が蒼くなっていく。


「橘 陽一って・・・あの、有名な少年探偵の・・・」

「そうだ」

「でも・・・だって・・・あの子でしょ。あの事件の犯人を言い当てたのって」

「そうだ。彼の推理によって依頼人クライアントが逮捕された」

「それじゃあ、依頼人が自殺した原因って・・あの子・・・?」


 その言葉に、表情を全く変えずに真はしばらく黙り込んだ。


 そして・・・

 苦しそうに・・・小さくつぶやいた。


「いや・・・それは・・・多分、俺のせいだ・・・」


 その間、少年は微動だにしなかった。


 部屋の中に、異臭が漂い始めている。

 少年は数か月風呂に入っていないのであろう。

 薄汚れて・・髪がボサボサでフケだらけ。


「それで、どうするの・・?」

「朝になったら警察に連絡を取ろうと思う。それまでは目を離さないようにしないと」

「目を離さないように?どうして?」

「彼は、おそらく港で身を投げるために来たようだ。しかも・・・左腕には自傷した傷があった。目を放したら自殺する可能性が高い」


 赤黒く地で染まったパジャマの袖。血はすでに固まっていた。

 捲ってみてみると、生々しい傷跡。

 とりあえず、包帯を巻いた。


 少年は、抵抗もせずにされるがままだった。

 その間、一言もしゃべらない。


「どうして、自殺なんか・・・」

「あの事件の依頼人クライアントは・・・彼の幼馴染の父親だったそうだ。

 彼は知らなかったそうだが」

「幼馴染?その子は・・・?」

依頼人クライアントが逮捕されて間もなく・・・通っていた学校の校舎から身を投げて自殺した」

「えっ・・・」


 その間、真は無表情だった。

 淡々と・・・話していたが・・・

 突然苦しそうに顔をゆがめた。


依頼人クライアントから・・・娘を頼むって言われたんだ・・・なのに・・・俺は何もできなかった・・・」

「真・・・」

「俺のせいだ・・・俺せいで・・・依頼人クライアントも留置場で自殺してしまった・・・」


 ぶるぶると震える真。 

 涙は流していない。しかし・・その瞳に浮かぶのは後悔。

 目の下の隈と、こけた頬。

 少年も病人のようだが、真も負けず劣らずひどい表情であった。



 立場は違えど、あの事件のことを悔やみ続ける二人。

 その二人が偶然に出会ったのだ。

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