地獄に落ちた名探偵

三枝 優

第1話 邂逅

 深夜2時前。


 高崎 真は事務所のデスクで伸びをした。

 現在抱えている案件を検討中なのだが、行き詰っている。

 そのせいもあって、マンションにも帰らずに残業している。


 だが、それだけが理由では無かった。


 


 2か月前に扱っていた案件。

 その案件は突然に、衝撃的な結末となってしまった。

 真にも責任の一端はあるのかもしれない。


 それ以来、真は全く眠れなくなっていた。

 ベッドに入って目を閉じても、30分ぐらいで目が覚めてしまう。


 その事件はトラウマになっている。

 ノイローゼと言っていい。


 眼鏡をはずし、眼を閉じ眉間をもむ。


 肉体は疲れ切っている。でも眠れない。



 立ち上がって、窓から外を眺める。


 この時間は、人通りも車の通行もほとんどない。

 街灯が無人のオフィス街を照らしている。


 真はため息をついて、デスクの引き出しを開けあるものをポケットに押し込む。


 事務所の扉を開けて鍵をかける。


 扉に掲げられている”高崎弁護士事務所”の札。


 真の職業は弁護士であった。

 1年半前にようやく独立したばかりの小さな弁護士事務所。

 でも、現在は仕事に行き詰ってしまっている。




 事務所から歩いて5分ほどの港の埠頭にやって来た。

 深夜の誰もいない埠頭。静かである。

 波の音だけが聞こえる。


 ベンチに座り、真はポケットから煙草を取り出し、口にくわえ火をつけた。


 煙を大きく吸い込み・・・吐き出す。


 婚約者にばれたらものずごく怒られるだろう。

 だから、煙草を吸うときは事務所では吸わずにここに来る。


 真は禁煙したことになっている。

 だが、2か月前のあの事件より、再び吸うようになってしまっていた。

 ヘビースモーカーに逆戻り。

 ストレスに耐えられなくなっている。



 ふと、視界の隅・・・動くものが目に入った。

 人影が、埠頭の先の方にふらふらと歩いていく。


 少年のようである。

 その服装は・・・遠目にみても・・・パジャマのように見える。


”こんな時間に何をやっているんだ・・・・?”


 気になって、足音を殺しながら歩いて近づいて言った。


 小柄な少年?  中学生くらいだろうか?

 よく見ると裸足のようである。


 ふらふらと、埠頭の先・・・海の方に歩いていく。


”これは・・・まさか・・・!?”


 嫌な予感。

 真は、急いで少年に近づき、その左腕を取って言った。


「おい!なにしている!?」


 少年は、ゆっくりと振り向く。


 無表情。何を考えているかわからない、生気のない瞳。 

 街灯に照らされた青白く不健康な肌。

 ぼさぼさで伸びた前髪。げっそりと痩せこけた頬。


「き・・・君は・・・まさか・・・」


 驚愕・・真の表情は凍り付く。


 真は、その少年を知っている。

 2か月前の、あの悪夢が真の脳裏によみがえってくる。


 見ると、握っている少年の左腕。

 そのパジャマの袖は、赤黒く乾いた血痕で染まっていた。



 真の鼻を、異臭がと刺激した。

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