旅。

 どどどどど、と。

 ドミノ倒しのように一気に通り過ぎていった夏休み。

 終わってしまえば、夏休みなど最所から存在しなかったかのように普通の学校生活が始まる。

 けれども人間の適応能力というものは全く素晴らしく、1日2日登校してしまえば生活リズムも心持ちも夏休み以前のノーマル状態に元通り。

 夏休みなどなかった。

 そう。あれはきっと、幻だったのだ。

 だから課題が終わっていないのもある意味当然というべき。別段騒ぎ立てられることでも、叱られるに値することでもない。

 だって。

 夏休みはなかったのだから。

 という私の考え方は担任教師に一蹴された。 

 9月いっぱい居残りで勉強することになった私。全く不憫でありますことよね。

 ところで空ちゃんはというと、当然課題はやっていなかったのだけれど、居残りはしなくてよいということになったらしい。

 教師陣も空ちゃんにはほとほと手を焼いていて、あの子には何を言っても無駄だという情けない空気が流れているのだという。

 いや、これはもう差別だろう。 

 なぜ空ちゃんはよくて、私は駄目なのだ。

 憤慨。

 これだから近頃の教師は。

 いや、昔の教師だって多分あまり変わらない。ともすればもっと酷い。

 そんな経緯で。

 今日も今日とて絶賛放課後居残り勉強中の私である。偉いなぁ。逃げ出しちまえばいいのに…。

 逃げるか。

 っと。

 それはできない。

 なぜなら隣に担任教師が付きっきりだからである。なんてこと。これはもうちょっとした刑罰。

 私が何をしたって言うんだ。よよ。

 そう言えば。

 夏休み最終日まで空ちゃん宅で本の頁を捲っていたけれど、地下を制覇することもできなかった。せいぜい2.6部屋分くらいだっただろうか。

 何せ多いのだ。本が。

 膨大、と一回言っただけでは気が済まない。

 100回くらい言った方がいいかな?

 さすがにそれは面倒なので実践はしないけれど。

 頁を捲って捲って捲り続けて、もはや頁捲りマシンになりかけた私と空ちゃん。

 しかしその努力は残念ながら実らなかった。

 有益な情報の1つも、私たちは得ることができなかった。あるいは、見いだすことができなかっただけかもしれないが。

 結果としては、そんな感じ。

 夏休みを全て捧げても。

 無駄だったと思いたくはないのだけれど、やっぱり思ってしまうのだった。

「高校、やっぱり行かないつもりなの?」

 ふと、担任教師が私に訊いた。

 行きません!と元気よく答える。

「高校に行かないで、何をするの?」

「旅です」

「旅ぃ?」

 はい。

 と、真面目な返事。

「旅をするのだったら、高校卒業してからだって遅くなと思うけれど」

 何をそんなに急いでいるの?と教師は私に尋ねる。私はにっこり笑って。

「先生にはわからないですよ」

 答えた。

「水になりたいと思う人の考えなんて、先生には理解できないことですよ」

 先生は、そうねと言った。

 そしてもう、私に何も訊かなかった。

 私は旅に出る。

 川や池や湖や海や、水が存在するあらゆる場所に行って。そして願うのだ。

 水になれますように。

 そうしたらきっと、水に棲む誰かが。

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