夏。

 夏休み。

 何かを始めるには最適な時期。

 では私が何を始めるのかと言えば、もうひとつしかない。え、宿題?あー、そんなものもあったか。

 いいのいいの。それは後。

 こんな時に私がするべきことはひとつだけ!

 水になる方法を模索するのだ。

 空ちゃんも一緒だ。

 ふたりで方法を研究するのである。もちろん空ちゃんは、空になる方法を。アイデアというのはとても重要なので、私単独でやるよりも同志と作業した方が確率も効率も上がる。

 謂わばこれは自由研究のようなもの。立派な学問であると言ってしまって差し支えない、だろうと思う。

 待ち合わせの時間が迫ってきたので、私は自宅を出た。向かうは空ちゃんの家。

 とてとて。

 20分間とてとてを繰り返して、私は無事に空ちゃんの家に到着した。

 インターフォンを押して、扉を開けてもらった。

 空ちゃんの家はでかくて広い。とても。

 田舎に相応しくない。

 空ちゃんと私はおはようと互いに挨拶をして、書庫に向かう。

 空ちゃんの家がなぜこんなにでかいのかというと、それは書庫があるからである。蔵書数は多分、学校の図書室の倍以上はあるんじゃないだろうか。

 近所の公共図書館に行くのもいいのだけれど、それはまず空ちゃんの家の蔵書を全て調べてからだ。

 階段を降りて、地下へ。

 この家の地下にある部屋は漏れなく全部屋が書庫になっている。3階も全部屋。それと2階に2部屋。

 羨ましい。

 私はこの家の蔵書をとっても頼りにしている。何しろ空ちゃんのお母さんが変わった人で、そこら辺の図書館にはないような本をたっくさんコレクションしているのだ。

 常識を気取った最近の本は、水になる方法も空になる方法も教えてはくれないだろう。

 そんなものよりも、どこの国のどんな人がいつ書いたのかはっきりしないものの方が確率は上がる。

 現代の、特に日本人というものは枠からはみ出ないようにすることに精を出していて大変つまらない。

 そんなものはかち割ってしまえ!と言いたい私である。

 創造性も独創性も、人として生きる上で欠いてはいけない要素だ。

 地下の書庫に到着した私と空ちゃんは、一番奥の部屋に入った。ずらっと本棚が並んでいて、そのどれもが本で埋まっている。統一感のない背表紙がぎゅうぎゅうに詰められていた。

 夏休みを利用して、私たちはこの家の書庫を全制覇するつもりなのだ。地下の一番奥の部屋から、三階の一番奥の部屋まで。

 今日はその初日、記念すべき日である。ぱちぱち。

「空ちゃんは書庫の本読んだことないの?」

「ないよー。興味湧かなかったしー」

 だ、そうである。

 口調は穏やかだけど、言ってることはサバサバ。

「でもたしかにここなら、変な本はたくさんあるしー。可能性がないわけでもないよねえ。灯台デモクラシーってやつか」 

 いやいや、民主的な灯台ってどんなもんだよ。わかんないよ。

 しかし訂正はしない。

 空ちゃんは空ちゃんのままでいてほしい。不思議ちゃんというかなんというか…。決して馬鹿にしているわけではないが。

 空ちゃんは奥の棚の一番高いところにある本を、脚立に上って一冊ずつ抜き取って、こちらも見ずに私に渡してくる。私はそれを受け取って移動用のキャスターがついた籠に入れていく。

 しばらくすると籠のキャパシティがオーバー寸前になったので、私は空ちゃんにストップをかけた。

 空ちゃんが脚立を降りて、私の後ろを指差した。

 振り返らずともわかっているのだけれど、そこにはテーブルと椅子が置いてあって、読書スペースになっている。

 そこで読もう、ということらしい。

 空ちゃんが手前の椅子に座ったので、私は奥に座ることにする。向い合わせだ。

 籠の中に入れた本を全て取り出して、机の上に置いた。積み重ねてみると以外と嵩張るものだ。

 私と空ちゃんはそれぞれ一冊ずつ手にとって、手がかりがないか探し始めた。

「わお。読めない!」

 空ちゃんが声を上げた。

「奇遇だね。私も読めない!」

 読めなかった。

 だって、これ日本語じゃないし。なんなら、英語でもないよ。中国語でもないし、韓国語でもない。本当にお手上げって感じの、意味不明なミミズ文字だった。

 うにょうにょうにょー。

 みたいな。

 いや、本当に。

「空ちゃんのお母さんこれ読めるの?」

「えー。読めないと思うよ。本集めてるのだって多分読むためじゃないし」

 これは…。

 非常に厄介だ。

 もし仮に水や空になる方法が書かれた本があったとしても、それを読めないのでは、認識できないのでは話にならない。見落とす、というよりも通り過ぎる感じ。気付けないのだから。

 困難、ここに極まれり。












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