56.恐ろしいもので馴染んでしまう

 慣れとは恐ろしいもので、数日すると歩けるようになった。全力疾走は無理だけど、四つ足で移動することに違和感が薄れていく。もしかしたら前世でも四つ足だったかもと思うくらい馴染んだ。最初は四つの足の順番を考えていたが、何も考えない方がスムーズに進める。


 体が覚えているというのか。乗っ取った僕が本能と呼ぶのもおかしいが、そういう解明できない何かが作用している気がした。最近の僕は首輪が付いている。野生の獣と間違える可能性を減らすためだそうで、繋いで引っ張るものではない。


 琥珀は嫌だと主張して、リボンに変更してくれた。僕は別にどっちでもいいけど、リボンはどこかで落としてきそうで怖いし。間違って弓で打たれたくないからな。首飾りだと思えば、そんなに屈辱でもない。


「リボンだと消耗が激しいので、どこかで金属製のネックレスを探しましょうか」


 にこりと笑うベリアルが、よい提案をしてくれた。僕の尻尾が勝手に反応して左右に揺れる。これ、不思議なことに大人しくさせようとしても無理なのだ。別の生き物みたいに感情を表現してしまう。ただの狼になるのかと不愉快に思っていたら、ベリアルが教えてくれた。


「尻尾がある種族は、ほぼ同じですよ。夢魔のように自由に操る種族は珍しいです」


『そっか、じゃあ仕方ないかな。元が狼だし』


 僕もすんなり納得する。ちなみに会話の最中、襟巻状態のもふもふに顔を埋めて幸せそうに撫でていた琥珀が、いつの間にか寝ていた。ベリアルに抱き上げて背中に乗せてもらい、落とさないように歩く。途中でアルマとロルフ親子と擦れ違い、微笑ましそうに見送られた。


 気分は幼子の忠犬である。保護者だからいいけどね。てくてく歩く先で、バルテルの家の前で見上げた。琥珀がずるりと落ちそうになり、咄嗟に魔法を使う。


『麗しきわが友よ、幼子を……』


 詠唱が途中なのに、風はさっさと琥珀を元に戻す。ん? もしかして寝たフリか! 


『琥珀、起きてる?』


「寝てる」


 寝てるなら返事したらダメじゃないか。もしかしてアルマとロルフの温かい眼差しは、寝たフリの琥珀に向けられてたのか? 気づかない僕に生ぬるい目を向けてたのかも……。


『あ、もうだめ』


 ぐらりと倒れるフリをする。そっちがその気なら、こっちも対抗してやる。足の力を抜いて倒れかけたら、ふわりと風に支えられた。横っ腹を打ち付ける可能性もあったが、やはり起きてたらしい。ちょっとだけ安堵しながら、背中を振り返る。


 動物が丸くなって寝る姿を見て、体が柔らかいと思ってたけど。本当にぐるりと後ろが見えた時は、首が折れてないか心配したっけ。琥珀は慌てて両手で目を塞いだ。指の隙間からちらちら見てるの、分かってるからな。


『怒ってないから、部屋に帰ろう』


「ほんと? 抱っこで寝てくれる?」


 眠いのは本当のようだ。了承を伝えた途端、足下から風で一気に押し上げられた。きゃらきゃら笑う風の精霊の幻想が見えた気もするけど。一瞬でツリーハウスに押し込まれ、抱き着いた琥珀を温めるように丸まる。母猫ニーがのそりと僕の上によじ登り、琥珀の顔の前で横たわった。


 なんか、僕の地位が一番下だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る