19.思わぬ申し出に飛び付いた

 琥珀はツリーハウスでの生活がすっかり気に入ったらしい。妙な鼻歌を歌いながら部屋の中で寝転がっていた。僕も一緒に転がる。目が回るが、琥珀が楽しそうなので我慢した。


「おう、寝る準備するぞ。ほれ、猫はいるか?」


「にーだよ」


「これは?」


 母猫を抱き上げた琥珀に、ぶちの子猫が渡される。ラウだ。三毛のナウ、黒いクウも次々と寝床へ放り込まれた。母猫ニーが丸くなって欠伸をすると、子猫達も寄り添ったり毛皮に潜って眠り始める。それを大切そうに抱き寄せた琥珀が笑う。


 よかったな、全員一緒に暮らせるようになった。ご飯も寝床も服もあり、魔法を教えてくれる先生もいる。バルテルには感謝しかない。軽く酒を飲んだバルテルが、そっと声を掛けてきた。


「起きてるか? シドウ」


 もちろんだ。ツノは基本、眠らないからな。魔王の頭上にあった頃は眠りに近い状態の経験はあるが、完全に意識が落ちるような眠りはなかった。不思議とそれで問題はない。


「この子の過去に何があったか、調べておこうと思うんだが」


 時間が経つほど、調べにくくなる。だから調べておいて、琥珀が大きくなったら知らせるかどうか選ばせる。そう口にしたバルテルは迷っているようだった。他人の過去を暴くことになる。当然それは耳に優しい話は皆無で、眉を顰める状況ばかりだろう。


 バルテルに任せるが、僕としては琥珀が一人前になったら選択させてやりたいと思う。この子は何も選べずに生きてきた。選べるチャンスを与えることは大切だ。何より、こうして気遣ってくれる人がいる幸せを知って欲しい。


「なるほどな……あと、まだ相談がある」


 ぼそぼそと小声で、琥珀が起きないか確認するバルテルに、僕も自然と声を潜めた。気分の問題な気もするが、僕の声は琥珀に筒抜けだからな。寝ていても聞こえてる可能性はある。


「コハクは捨て子だと言ってたな。俺が父親になりたいんだが……どうだろうか」


 素晴らしい。口をついた一言は、バルテルの頬を緩ませた。琥珀は愛情を知らない。手を伸ばして受け止めることを怖がる。だが全く愛されなかったわけでもないのだろう。時々、不器用な優しさを発揮した。この子に愛情を注いで、導いてくれる人がいれば助かる。本当は僕がその役をしてやりたいが、どこまで行ってもツノだった。


 手足もないし、声も森人や琥珀以外に聞こえない。琥珀がケガをしても手を貸せない上、泣いていても抱きしめることも出来なかった。バルテルなら信用できる。逆に僕の方から頼みたいくらいだ。


「明日、コハクに相談してみるさ」


 安心してくれ。困惑すると思うが、この子はバルテルを拒んだりしない。僕も付いてるし。


「いっそ、コハクの頭に乗ったらどうだ?」


 それも悪くないが、そんなことしたら琥珀の可愛い顔が見えないじゃないか。成長していく琥珀を見守りたいから、却下だ。

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