20.歪だろうが家族だ

「……おとう、さん?」


 頷くバルテルを前に、琥珀は困惑の表情だった。反応が思っていたのと違う。そう感じたのは僕だけじゃなく、バルテルも同じだった。だが導き出された考えが違う。


「嫌か」


 しょんぼりしたバルテルは拒絶されたと受け取ったが、僕はもしかして? と疑問を持った。そのままぶつけてみる。


 琥珀、お父さんって何する人か分かるか? 僕の問いに、彼は勢いよく首を横に振った。やっぱりだ。母親もきちんと認識してない気がしたんだ。どの年齢で捨てられたか分からないが、両親とも記憶に残ってないのだろう。


 バルテルを促そうとしたが、彼はすでに立ち直っていた。笑顔で説明を始める。


「お父さんとは、一緒に暮らす家族だ。家族は分かるか?」


 琥珀は頷いた。膝の上に寝ているニーを指差し「かぞく」と呟いた。その指が次々と子猫を指さす。そうだな、琥珀にとって猫達は正しく家族だった。その家族にバルテルが増えると教えたら、慌てた様子で僕を袋から取り出した。


「おとうさ、ん。しどうも」


「シドウはお兄さんだな。家族だ」


 真剣な顔で頷くバルテルのおかげで、多少風変わりな家族が出来た。父バルテル、母猫ニー、兄は僕で末っ子は三つ子の猫達。その中心に琥珀だ。


 ところで、ちょっとばかり力を込め過ぎだ。軽く首が絞まってるぞ。そこ、首と同じだから緩めて欲しい。訴えたら、力が緩んだ。撫でてくれる琥珀の指が気持ちいい。気にするなよ? 外から見て苦しいかどうか分からないんだからな。僕は自分で訴えるから、これからも掴んでいいぞ。


 難しすぎたのか、琥珀は首を傾げ、最後の部分だけ頷いた。こんな琥珀が見られるんだから、誰かの頭上に乗る必要はない。魔力の譲渡も出来てるし、琥珀も嬉しそうだから。


 この世界に来て、自分がツノだとわかってから……正直、いろいろと諦めてた。自由意思で出歩くことはできず、声も届かない。そのくせ魔力だけは奪っていく魔王に殺意を抱いたのは、数えきれなかった。だけど、琥珀と出会って変わった。


 今の僕は、この世界も悪くないって思ってる。バルテルが手助けしてくれたからこその平和だけど、異世界スローライフも悪くないさ。出来たら自分で琥珀を育てたかったが、無理そうだし。バルテルは気が合うからな。これからもよろしく頼む。


「分かってる。全員で家族だ」


 バルテルを引き当てた琥珀の運は、きっと今まで眠っていたのだ。ようやく目覚めて強運を発揮してるなら、その調子で守ってやって欲しい。ニーの背中を撫でる小さな手の持ち主が、二度と不幸にならないように。


「ところでな、シドウに頼みがある」


 ん? なんだ? 改まってないで、遠慮なく言ってみろ。家族じゃないか。


「先日風呂で探してた、セッケンを作りたいから教えてくれ」


 ああ、そういえばヘチマや石鹸があればって言ったっけ。構わないぞ。異世界知識が役立つなら、どんどん公開してやる。理系専攻だったからある程度は材料が分かる……問題は分量だが、試作を繰り返せば解決するはずだ。


 今日のバルテルは仕事が休みらしく、食事の後で教えることとなった。朝食は米に似た粒状の粥もどきと、肉や野菜。バランスは悪くない。好き嫌いなく口に入れる琥珀を褒めながら、僕の頭の中は石鹸の成分のことでいっぱいだった。

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