17.抱っこから始まる交流
お風呂はあっという間に森人達の心を掴み、風呂が普及していった。魔法で汚れを落としてから入る様子を見て、それなら手足を擦る必要がないと気づく。こういうとこだぞ、僕は魔法がない世界から来たせいで、どうしても魔法は後付けオプション扱いになっちゃうんだよな。
魔法で綺麗にしたら湯船に直接入ってもいいと伝えたら、ほぼ全員がその方法を取った。一部のマニアックな人は、擦ると気分的に落ち着くとよく分からない理由で続けている。
「今日は魔法を教えるぞ」
バルテルが連れてきたのは、優しそうな年配女性だった。考えてみたらバルテルは働き盛り、外での狩りや果物採取に出向く側だ。集落に残る女性の中で、魔法が得意な人を探してくれたらしい。
彼女はおっとりした様子で歩いてきて、琥珀を見ると嬉しそうに笑った。目の前に屈んで視線を合わせ、そっと手を差し出す。困惑した様子の琥珀に、彼女の手に自分の手を乗せてごらんと囁く。首を横に振って汚いと唇と尖らせる。毎日風呂に入ってるんだから綺麗だよ。そう伝えたらやっと手を乗せた。
少し皺が出始めた手が琥珀の手を上下から包む。驚いた琥珀が固まるが、嫌ではない様子で安心した。人との接触自体を拒否するなら困るけど、バルテルの時と同じで触ることに怖気づいてるだけだ。慣れれば人懐こい子どもになるだろう。
「私はアルマというの。お名前を聞かせてくれる?」
「コハク」
ぽつりと名を告げて俯く。でも上目遣いに様子を窺っていた。そんな琥珀に「素敵な名前ね」と褒めたことで、ようやく緊張が解けたらしい。にっこりと笑った。顔に付いた痣がまだ痛々しいが、ぎこちなく笑う子どもを微笑んだアルマが抱き寄せた。
「こうして抱っこさせて頂戴。これが私との挨拶よ」
挨拶だから毎日するんだ。腕を背中に回してごらん。教えながら琥珀がおずおずと手を伸ばす姿に、また涙腺が潤む。気分だけだが、ツノじゃなかったら大号泣だったな。野生の動物を飼い慣らす感覚に近いかも。初めて手を舐めてくれた気分だ。
「だっこ?」
「そうよ、大人は子どもを抱っこするの。あなたが大切だと伝えるためにするの」
どうやら魔法だけじゃなく、情緒教育も任せられそうだ。ほっとした。抱っこされた琥珀は、袋から取り出した僕を差し出す。アルマが僕を手のひらに受け止めると、ぐいぐいと胸元に押し付ける仕草をした。ちょ、もう僕捨てられるの?
「だっこ、シドウもだっこ」
あ、そういうことか。安心した僕に同情の眼差しが注がれる。バルテル、早く仕事行けよ。思わず悪態をついた僕だけど、笑いながら手を振ったバルテルが去っていった。あとで謝ろう。八つ当たりだった。アルマは理解して僕を抱き締めた。その姿を見て、琥珀がまた笑う。
自分が嬉しかったから僕にもお裾分けか? 本当に優しい奴だな。もしかしたら僕が魔王から切り離されたのは、琥珀に会う為だったのかも。転移に巻き込まれたのも、母猫ニーに捕まったのも、琥珀に会えたらいい思い出になった。返してもらった僕に頬ずりして袋にしまう琥珀の姿に、心が温かくなった。
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