16.優先順位を間違えてた

 朝食のパンを手掴みで食べたから、問題ないと思ったんだ。ナイフやフォークは使えなくても、手掴みならいけるって。なのに、皿に入れたスープを前に首をかしげた。


 いきなり顔を突っ込もうとしたところで、バルテルが止める。


「やるかと思った。俺の真似してみろ」


 スプーンを手に取って掬う。それを口に入れて取り出す仕草をじっくり眺め、琥珀は大きく縦に頷いた。こうやって見せてやれたら覚えるのも早い。こういう部分はツノじゃ指導が追いつかないんだよな。手足欲しい。


 ぼやいた僕の前でスプーンを裏向きに入れて、中身が入ってないことに琥珀が眉を寄せた。また嫌な予感がする。次の瞬間、琥珀はスプーンを握ったまま、逆の手でスープ皿を傾けた。口を付けて飲んでいる。


 ある意味、確実に飲める方法だが……。周囲の目を気にするのは、日本人気質のせいか? うちの子がすいませんと謝る前に、大笑いした森人達は琥珀と同じ方法でスープを飲んだ。バルテルも。


 え? これって、あれかな? 映画で、淑女がエスカルゴをふっ飛ばしたら、紳士が手で剥いて食べるやつ……映画で観たけど。客人に合わせて、恥をかかせないようにする話だよな??


「シドウ、これが森人だ」


 驚いた僕の呟きを拾って、バルテルは笑う。マナーは最低限覚えればいいし、嫌なら好きに食べて構わない。そこに堅苦しい決まりはないのだ。


 琥珀は何も知らないから恥ずかしいと思わない。だが周囲が違う食べ方をしたら、自分が間違っていると認識するだろう。それも大切だが、今は食べさせることを重視しろとバルテルは言い切った。痩せ過ぎで生命維持がギリギリの幼子に、マナーは不要だ。


 大人になってからでもマナーは学べる。だが今食べる行為に怖気付いたり、嫌がる素振りを見せるなら、成長できずに死んでしまう。マナーを軽視してるんじゃなく、一番必要なことを優先しただけだった。目から鱗だ。栄養失調の琥珀に必要なのは、美味しく食べること。それを栄養にして成長することだった。


 森人は本質を見抜く。魔族はそう考えた。だから彼らとの共存関係を崩そうとしない。襲ってこない魔族に対し、森人は己の能力を提供することで対等な関係を保った。魔王の頭上で見ていた他人事の内側は、こんなに優しい世界だったのか。


 ありがとうと告げて、琥珀の胸元の袋で見守る。人族の世界を諦め、こちらに逃げてきて正解だった。僕の魔力とはいえ、魔法が使える琥珀は搾取される可能性が高い。この森なら安全に大人になれるだろう。いろいろと教えてやって欲しい。そう願った僕に、彼らは気にするなと笑った。


 僕が持ってる知識は惜しみなく出すし、琥珀の魔法が安定したら役に立てると思う。


「くだらないこと言うな。一度受け入れた仲間を捨てるようじゃ、森人の名折れだ」


 からりと笑うバルテルに、周囲が賛同した。次は何を教えてくれるんだ? 興味津々の彼らの好奇心を満たせる物を考えながら、涙を拭う。感動したんだよ、ツノだから実際の涙は流れないけどな。気分の問題だ。

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