秋は、職欲の秋!


「今年の秋は、職欲の秋だよ!」


 落ち葉が音を立てて地面を転がる、そんな昼休み。

 一瞬教室が静まった後、「ごめん・・・・・・」そういって座り直すと教室中で笑いが群発する。

 ムードメーカーはこういうのが許されるから良いよなぁと歌奈はひっそりと思う。


「んで突然どうしたのよ」


 背もたれを股に挟んで対面する陽芽に言う。


「いやさ、昨日テレビでアメリカの子はレモネード売るみたいなの見たんよ。なんか楽しそうだし仕事したいなって思ったの」


 いかにも陽芽らしいと思う。動機も、行動力も。


「私、本気だよ。レモネード」


 クラスの皆に混じって笑う歌奈を見る目は笑っていない。


「そっちかー本気なの」


 茶化すのは細やかな抵抗だった。


「レモネードって響きなんか可愛いし・・・・・・!」


 ノリと勢いを演じて周りを巻き込み、自分のしたいことをするのが陽芽の常套手段だと知っていたから。


「でもご飯とか許可面倒らしいよ? バイトとかにしといたら」


 その手段を友達である自分にも使うことを。


「だってバイト禁止じゃんー」


 だけどいつも押し込められてしまう。


「いやまぁそうだけどさ」


 秋晴れの元、冷たい風が駆け抜ける教室。

 ムードメーカーはこういうのが許されるから良いよなぁと歌奈は強く思った。

 


「私決めたんだ」


 朝、眠たい顔で登校した歌奈に突然切り出す。

 え、何が? という反応を見越して陽芽は「労働」と付け加える。

 朝八時五六分。騒がしい教室の中で二人は対面していた。


「でもバイトは校則違反なんじゃないの?」


 想定質問のど真ん中を繰り出すのは癪だが仕方ない。


「なんかお手伝いって形で仕事して、お小遣いって形でお金くれるんだって。近所の料理屋さん」


 次々に朝の挨拶をしに来る女子達の応対をしながら陽芽は歌奈と話していた。


「え、それって色々まずい奴じゃん」


 それどころでない、とばかりに突っ込むと後ろから肩を叩かれる。振り向くと和希だった。


「歌奈ちゃんバイトすんでしょ。頑張ってねー」


 ドンマイ、という悪戯げな表情。一瞬脳の処理が止まる。


「そうそう、歌奈の名前でも応募しちゃったんだ」


 振り向いたその後ろから事実が飛んでくる。


「いや私働くとか面倒すぎて無理!」


 寝ぼけていた頭は冷水を掛けられたようにすっかり覚めていた。

 時計を見れば午前九時になったところだった。


「いらっしゃいませ!」


「いらっしゃいませー」


 割烹着を着た陽芽と歌奈は一緒に一緒に頭を下げる。

 開店時間と同時に入ってきたのは常連と聞かされていた女性だ。

 土曜日の朝九時。いつもは寝ている時間にこうして「労働」をしているという事実を歌奈は憂鬱と紙一重の不思議、という感情で捉えていた。

 


「もうヘトヘトだよー!!」


 朝七時四〇分、人が増え始めたばかりの教室で二人は盛大に感想大会を開催していた。


「・・・・・・教えてくれる時は優しかったのに、オープンした途端に厳しくされるのホントにあり得ない!」


 土曜も日曜も疲れた二人は何の会話もせずに帰宅してしまった。交わされるはずだった感想は即ち月曜日に回されることになる。


「だから言ったじゃん仕事は面倒だって」


 それみたことか、と誇るような顔。


「てか先輩と同じこと言ったりやってやったりしても、私達だけ怒られるのまじで理不尽」


 陽芽は歌奈の主張を流すためか、強く同意せざるを得ない事柄を投入した。

 学校と労働の最大の違いは理不尽さと言っても過言では無い、それが二人の共通見解になった。

もちろん給与や責任といった要素もあるが、それは理不尽を縛り付ける方策に過ぎないのである。


「理不尽って言えばさーー・・・・・・」


 感想、というよりもはや愚痴に近い会話の螺旋階段は秋晴れの月曜日に、高く高くそびえ立っていく。

 休み時間を水切りの石の様に跳ねていくと会話は放課後の教室にたどり着く。

 時と場さえ整えば何時間だって話せる、それが女子なのだった。


「でもさ・・・・・・。お給料貰ったとき・・・・・・」


 とはいえどんな会話もすべからく終わりを迎えなければならない。

 

 

「凄く重かった。苦しい・・・・・・、歌奈風に言えば面倒、そんな気持ちだったけど、貰った時に隠れてた楽しさがちょこっとだけ見えた気がした・・・・・・」


 強力に自分を誘ってきた割には控えめな感想だと思った。

 むしろ、自分の方が多くを語りたい。そんな気持ちに駆られている。

 これは面倒、こんな言葉で労働を評価していた過去への回答だった。


「私は不思議って感情があったな。

 お仕事って学校より辛いのに学校と同じなんだなって思った。辛いときも嫌なときも理不尽なときも沢山あって、たまに充実感がある。それが欲しくてまた頑張っちゃう。

 そこにお金っていう価値がくっついてくる」


 いつも私は誰かを誘っていた。一人じゃ怖いから。怖いといっても行くことでは無い。一人では後ろの景色が見えないのが怖いのだ。

 でも他の人はみんな、私と同じ景色を見て、同じ感想を語る。

 だけどこの友達だけは、私が見ていない場所を見てくれる。

 それが、どうしようもなく心地よい。

 それはきっと頭が良くない私に本質を教えてくれるからなのだ。

 二人はどこからか聞こえてくる虫の鳴き声に乗せて、職欲という欲望の生んだ成長の味を、正体の見えぬまま味わっていた。

 

 

 愚痴から感想に昇華した思いを抱えたまま二人は金曜日を、それから土曜日を迎えた。

 

「やっぱ働きたくねぇな!!」


 珍しく汚い言葉を吐き捨てたのは歌奈。

 

「マジでそれ。花に水遣って時給二〇〇〇円貰える仕事無いかな。それかヒモ」


 レモネード売りをする異国の子に感動していた人間とも思えなかった。

 

「ふぅ・・・・・・。っま仕方ない、とりあえず働きますか・・・・・・」


 ため息をついた二人は手を鳴らすと更衣室から勢いよく飛び出し、その日の勤務に向かっていく。

 

 これは職欲、そんな気の迷いに翻弄されることになった二人の少女の物語。

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