Dear Your Songs

「はぁ・・・・・・」


 文学少女陽芽はため息を漏らしていた。

 右手に握った落選通知書は作詞コンテストから送られてきたものだった。


――これで何回目だ・・・・・・?


 実のところ、わざわざ通知書を送ってくるコンテスト自体が珍しかった。

 丁寧だな、と思う一方、改めて突きつけられる『落選』の二文字はなかなか心に来る。

 学校一番の歌声との呼び声高い歌奈にどうしても自分の歌を歌って欲しい。陽芽はこの目標の為に作詞家を目指していた。


「はぁ・・・・・・」 


 歌唱少女歌奈は、聞く者全てを魅了する音色の元からため息を漏らしていた。


――好きを仕事にすると、好きが仕事に変わって楽しくなくなる。とは聞いていたけどまさか、好きが出来なくなるなんてなぁ


 深呼吸しても拭いきれない窒息感は青春に似つかわしくないという自覚があった。

 メジャーデビューすらしていないのに既に自由を求めている、という事実に歌奈は明確な不安を感じていた。

 


 夕方の教室。落選通知の日から陽芽の次の挑戦は始まっていた。作詞部なんてあるわけも無く、陽芽の作業場は大抵空き教室だった。

 人気の無い廊下を歩いていると仄かにメロディーが聞こえた。

 一音づつの階段、それだけなのに心動かされる不思議。それは感動だった。決してそれを汚さないように、静かに向かっていく。

 そこには、歌奈が居た。

 朱色に染まる教室はステージ。

 はためくカーテンはドレスのよう。

 窓際の机に腰掛け、物憂げな表情で校庭を眺めている。

 陽芽はあまりの美しさに全身の筋肉が弛緩するような感覚に陥る。

 それは本当だった。手からペンとノートがこぼれ落ちる。

 ガラスが割れるように、世界を壊す音が教室中に響く。


「なんだ聞かれてたのか。あなたは?」


 歌とは変わって奥行きのある声は塞いだ心が解かれるようだ。


「私は陽芽です。歌奈さんに私の作詞で歌って欲しくて、ずっとずっと応募して、落選し続けてる・・・・・・」


 なぜこんなことまで語ってしまったのかは分からない。でも、ある種の告白であるそれは、歌奈の回答で価値を持った。


「なら、私を自由にする歌を作ってよ」


 顎を引き、真っ直ぐな視線で凜と語られた言葉。陽芽は意を決したように小さく頷いた。

 憧れの歌奈との出会いが三回言葉を交わしただけに終わっても陽芽はそれほど後悔していなかった。

 同じ学校ということもあったが、それ以上に、歌奈と「約束」出来たことが何よりも嬉しかったのだ。

 


 歌奈を自由にさせる歌。それは陽芽にとって、特別であるべきだった。意味も、費やす資源も、落選で失うものの大きさも、採用で得るものの大きさも。

 それを認知するからこそ、陽芽はいつも通り、の殻から抜け出せずに悩んでいた。

 悶々と送る日々、減っていく募集期間。ある日、陽芽はクラスメイトの和希達とカラオケに連れて行かれた。

 その名も「憧れの歌奈さんに会えたのに最近元気ない陽芽を励ます会」。もちろん実際は単純にカラオケを楽しみたい和希達の口実だったが。

 次々に歌われていく流行の曲。和希が選んだのは、意図してかそうでないか、歌奈がよく歌う曲だった。


――和希も点数的には上手い。なのに歌奈とは決定的に違っている・・・・・・。つまり人に好まれる歌に必要なのは技術ではなく別の要素・・・・・・。


 思索に耽っていると自分の順番が回ってきそうになる。すかさず「ごめんトイレ!」と宣言して出て行く。


――私はずっと、主題が『自由』な曲を作らなきゃだと思っていた。でもそれは違う。それそのものが、そうでなければならないんだ。そうすることで人に好かれるものが出来る。歌奈の歌だってきっと、そうして愛されてきた。技術も何もかも、その上で、の話なんだ。


 陽芽はその気がつきを得ると、最初に作詞をしたときのような、何とも言えない高揚感と楽しさを再び感じている自分に気がついた。

 書きたい、この純粋な欲求を感じたのはいつぶりだろうか。

 きっかけが友人の歌、というのは美談として劣る気がしたが些細なことだった。

 陽芽は韻を踏む、字数を合わせるといった事をいったん抜きに、思った言葉を素直に重ね、純白のノートに言葉を書き連ねていく。

 そしてより印象付けるために技巧を使い、肉付けしていく。

 技巧に使われてきた過去の自分を見返すかのように。

 


 コトン。


「入れてしまった・・・・・・」


 陽芽は呟く。この結果次第で歌奈に歌って貰えるかが決まる。

 もちろん歌奈はどのコンテストに陽芽が応募するかなど知らないはずだ。

 だから落選しても、可能性が潰える訳では無い。しかし陽芽のケジメとして、全てをそれ一つに賭けていた。

 トントントントン、トントントントン。

「まだかなぁ」歌奈はメトロノームだけが鳴る事務所の練習室で呟いた。陽芽に頼んだ、自由にさせる歌、はまだ届いていない。


 勢いで格好つけてみたものの、事務所に話を通している訳でも無いので、本当に自由をくれる保障は全くなかった。

 それでも、どこか、願掛けのように、陽芽のコンテストに賭けている自分がいることも分かっている。


――早く陽芽の曲を歌いたいな


――この曲を歌奈に歌って欲しいな 


 陽芽と歌奈は同じ時間、別々の場所から夕日を見ていた。未来から漂う金木犀の香りと、青春から漂う秋風に吹かれながら。

  

 その願いが結果に変わるのはもう少し先のことになる。

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