さよなら、私の戦争
米田淳一
第1話 さよなら、私の戦争
戦闘ヘリ。大昔のTVドラマや映画では大活躍するし、陸兵から見れば恐ろしい兵器に思えるだろう。だが実際は固定翼戦闘機に対してはほぼ無抵抗に近く、また高性能地対空ミサイルに容易に屈するしかない。携行火器も固定翼機に比べれば少なく、戦車や陸兵のように地域を占領することもできない。あくまでも航空優勢のなかでしか運用できない兵器なので、かつての日本陸上自衛隊がAH-1Jコブラの後継機AH-64がうまくいかなくても放置してUH-60やオスプレイの増備を急いだのがよく分かる。戦闘ヘリは災害などの救難にもあまり使えない。しかしUHやオスプレイでその任務に錬成した搭乗員はあとから戦闘ヘリへの機種転換が可能なのだ。
そんななかで戦闘ヘリメーカーが気づいたのが、流行り始めていた陸戦ドローン対策という名分だった。小型ドローンの陸戦投入は陸戦を大きく変えた。陸兵の第3の目として戦場を俯瞰して見ることを可能にしたし、偵察任務につかえば地雷原の向こうすらよく観察できる。さらに爆薬を積んで自爆ドローンにすれば、条約で禁止の対人ミサイルのように運用も可能だ。掩蔽物の向こうにいようが塹壕の奥深くで息を潜めていようが容易に攻撃できるし、そのドローンの運用も大型ドローンを中継することによって遠距離からリモートで可能だ。これが登場した時、多くの人間が戦場にドローン革命が起きたともてはやした。
だがドローンのそういう時代はあっというまに終わった。ドローン対策兵器も次々登場したからである。人間が持ち運べるドローンの制御を妨害する電子戦装置、ドローンを撃墜可能な小型自動火器。さらにはドローンの飛行を妨害するネットなども発達した。
そこで戦闘ヘリメーカーもそのドローン時代に対応し、味方ドローンの指揮運用のハブとして、また敵ドローンの制圧作戦の要としての戦闘ヘリを開発し、売り込みを始めたのである。その上で戦闘ヘリを無人リモート制御することで搭乗員をはるか後方の安全な基地に置くシステムも売り込んだ。全体はやや高価なシステムになったが、それでも導入する国は複数あった。
私はそのリモート戦闘ヘリのオペレーターだ。つい前までは実際に戦闘ヘリに搭乗して任務にあたっていた。戦闘ヘリは任務でなければ乗ってて気分のいいものだった。まさに空中散歩を楽しめる最高に贅沢な乗り物だ。スリル満点の匍匐飛行も、基地に帰投するときの夕日に照らされた外界の長い影に彫り込まれた風景も、言葉にならないほど素晴らしいものだ。そのときの戦闘ヘリが老朽化しているために、機動のたびにミシッといやな音を立てるのは気になったが、それでもヘリから見る地上と空は十分開放的で気持ちの良いものだった。これでこの機体が新型機に変更されれば最高だな、と思っていた。
だがそうはならなかった。渡された資料にはリモートオペレーションと記されていた。新型戦闘ヘリは無人リモート制御で運用し、運用は基地から通信経由で行うとあった。
まあしかたがない。これも仕事だし、そのかわりに撃墜されても戦死にならないし、脱出操作をおこなう必要もないまったく安全な任務になる。その様子はテレビゲームのようだが、相手は生身の人間である。でも操作はテレビゲームと全く変わらない。
そして訓練と実任務で、VRゴーグルで戦闘ヘリをリモートで操る難しさと容易さを感じた。視野は実機に乗っていたころよりすばらしく広く、それでみえる空は爽快極まりない。加速度を感じさせるデバイスはないのだがVRの視界はそれを擬似的に感じさせてくれる。悪くない。悪くないのだが……良くもないのだった。だがそれはしかたない。任務のためだ。遊覧飛行のために国家がパイロットの給料をくれているわけではないのだから。
初めての実任務は、前の機体のときと同じ、戦いのアドレナリンを感じた。VRゴーグルと高速衛星通信の向こうの戦場上空を飛ぶ感触は十分リアルだった。敵がドローンを飛ばして味方陸兵を攻撃する準備をしているところに突進、電子戦装置でドローンを無力化し、味方ドローンを送り込んで敵陣地のCP(コマンドポスト)を爆破、あわてて塹壕から飛び出す敵兵に35ミリチェーンガンとロケット弾を撃ち込む。容赦のない殺戮だが、こうしないと味方陸兵がそうされる。ズームを効かせたVRゴーグルには着弾のたびに、照準サインの向こうに敵兵が爆風に吹き上げられ大の字に腕と足を広げてくるくると空中を飛ぶのが見えた。ちぎれた足や腕も腸も土煙とともに沸き起こって地面に散らばる。傍受した通信で敵が対空ミサイルの支援を必死に呼んでいるが、それも途絶える。そしてそのミサイルは来ない。こちらの制圧任務飛行隊が発射前に敵ミサイル部隊を制圧したのだ。
その戦いのあと、普通であれば帰投のための飛行があるのだが、この無人ヘリは帰投操作はオーパイ、自動操縦で基地に帰るのでその操作もいらないのだった。任務終了のボタンを押してそのままデブリーフィングして私の仕事は終わりである。
終わって基地のなかで食事をして、そのあと家族のいる官舎へ帰宅する。途中コンビニによって買い物をする時、一瞬視野に戦闘中の照準サインが見えたような気がしてゾッとした。そのサインの向こうにいつものコンビニのバイトの女の子の明るい笑顔があったのだ。
それは任務を重ねるたびに続いた。ゾッとするだけではすまなくなってきた。メンタルに悪いと思ったら同僚も皆そうだったので、医官に相談して軽い向精神薬を処方してもらった。あまりいい方法ではないが、これも任務のためだ。
そう思って次の月の任務ローテーションを聴いた時、自分たちの任務を最終的にAIに置き換える計画が進んでいると知らされた。不愉快極まりなかった。いくら今はVRと通信越しでも、決してAIなんかにできる安易な任務をやっているわけではないのだ。
とはいえオートパイロットはミスもなく機能している。AIなら向精神薬もいらないだろう。そういう任務でメンタルをすり減らさなくてすむのか、と少しの弱音も吐きそうでもあった。
だがAI導入はなかなか始まらなかった。開発が難航しているのかなと思ったが、その疑問に対しての返事はなかった。だが、そのAIが入る前に、搭乗員たちに配置転換の話が進んでいった。みんなヘリの操縦資格を持っている。救難や輸送ヘリの仕事は増えることはあっても減ることはない。そのためにこの戦闘ヘリ隊の人員は減っていった。だが戦場はそのままなので任務も減らない。結果残った搭乗員はVRごしに前は1機の戦闘ヘリを操作していたが、アシストシステムを使って2機、さらには3機の戦闘ヘリを操作するはめになった。仕事は増えて給料も変わらないのだ。ストレスは更に増えた。
こんな過重任務はたまらん、と思っていた時、なんとAIへの置き換え断念、という話が来た。試験的にAI制御を前線に出したところ、同士討ちや攻撃禁止目標への攻撃が頻発して使い物にならない、というのだ。そりゃそうだ、陸兵は本来は識別しやすいユニフォームを身に付けろと定められてはいるが、それを完全に識別する画像認識能力はAIにはまだ無理だ。そもそもAIがそんな有能なわけがない。このリモート操作基地への出入りのときのIDチェックですら時々ミスって警務隊の手を煩わせている時点でお察しなのだ。ましてユニフォーム識別以上に、戦場に定められたルールは多岐にわたる。どう考えてもAIにできる単純なものではない。ましてAI開発のチームはこれまで我々現場にヒアリングすら全くしていないのだ。ナメるのもいいかげんにしろと思う。
それからあとも、過重任務はつづいた。AIがもうだめなら人間に戻してくれと思ったが、もう配置転換してしまった搭乗員を呼び戻すのはさらに困難なのだった。
そんな日、我々に言われたのはAIとの共同任務だった。AI化推進の連中はまだあきらめられないので、我々とAIが一緒に任務に出て、その結果を比較して決着をつけるとのことだった。
その結果敵とAIを同時に相手にするはめになるのだが、もうAI化なんて馬鹿げたことはやめてほしかったので、私はその任務に同意した。いくらなんでもAIを万能と思いすぎているし、我々の技量も馬鹿にしすぎている。きっと会社と軍の上層部はGoogleだのAmazonだのの技術屋に煽られて深く考えずにAIに飛びついたんだろう。その尻拭いをいつまでも続けるのはたまらない。
その日、私たちが出撃したのは攻勢に出てきた敵陸上部隊の制圧任務だった。敵は不意をついて砲撃とともに前線の橋を占領、橋頭堡の建設を始めていた。その橋頭堡の撃滅が任務目標である。
リモート操作のヘリで進撃する。一緒に進撃する隣の中隊はAI制御の部隊だ。
上空に敵固定翼戦闘機がいた。まずい、と思ったが、味方戦闘機の支援は待てない。そのまま匍匐飛行で木々の梢すれすれを飛び、送電線の下をくぐって突進する。敵戦闘機がこっちに気づいて降下しながらミサイルの照準をあわせてくる。電子妨害をはたらかせるが、ミサイルが放たれた。急回避しながらフレアをばらまく。追ってくるミサイルは2発。1発はフレアに惑わされて自爆。しかし1発がなおも追ってくる。くそ! 目の前に高速道路の高架橋がみえた。その下に逃げ込む。ヘリのサイズではぎりぎりだが、目測では行けるはずと判断した。直後に着弾! ミサイルは道路高架の上で爆発した。空対空ミサイルの弾頭炸薬はコンクリートの高架橋を即座に破壊するには小さすぎる。ヘリは無事だ! 同時に味方の長射程ミサイルが飛来し、敵戦闘機を追い払ってくれた。よし!
そして敵橋頭堡に到達、攻撃を開始した。だが敵はヘリに対抗する自走高射砲をもっていた。くそ、厄介だ。だがそれに向けて対戦車ミサイルを放つ。これなら高射砲の射程外から攻撃できる。
だが!
「待て! 射撃待て!!」
私は叫んだ。敵自走高射砲の直ぐそばに、見えにくいけど野戦救急車がいる!! このまま攻撃したら、禁止事項の救難部隊への攻撃になる!!
他の脅威を分析しながらここは待つべきと判断したときだった。
薄い灰色の煙を引いてミサイルが飛んでいく!
「誰だ! 撃つなって言ったのに!」
ミサイルは無情にも自走高射砲を野戦救急車ごと、その榴散弾頭で粉砕した。そして撃ったのは……やっぱり、AI制御の隣の中隊だった。
「酷え……」
私はそう漏らした。でもこれを上層部はどう分析するだろう。下手すればAIの素早い攻撃と称賛するかもしれない。野戦救急車がいたこと、そしてそれを判断して攻撃を待った我々人間は評価されないかもしれない。こういうことをちゃんと判断できるなら、そもそもAIにやらせようなんて言い出さないだろう。これほどにも彼らへの我々の信頼度は落ちていた。
「あんまりだよな」
そう通信で私は思わず言ったが、返事はなかった。そうだ、僚機の搭乗員も人間であるなんて確証はないのだった。
だったら人間なんか戦場にそもそも出すなよ。AI同士で心ゆくまで叩き合わせればいいだろ。そもそもこんなくだらない戦争なんて始めるなよ。ふざけんな! くそったれ!!
そう敵兵にチェーンガンの砲火を浴びせながら、私は沸騰していた。
それはそれで戦闘任務を終え、いつものようにデブリーフィングをした。水を飲んで落ち着かせて、私は帰宅することにした。コンビニでいつものように炭酸水を冷蔵庫からとった時、左背中に焼けるものが走った。えっ、と思ったが、それはそのまま次は私の首にささった。向こうに刃物をふりかざすパーカーの男。民間人だ。戦闘ヘリパイロットとして、任務中に死ぬのは覚悟していたが、こういう結末が来た。そりゃ敵にとってみたらわざわざ武装したヘリや防護した基地を攻めるよりも、こうして民間人けしかけて殺したほうが確実で安全だよな、と合点がいきながら、私は意識が薄れていった。さよなら、私の戦争。
{了〉
さよなら、私の戦争 米田淳一 @yoneden
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます