学校中の憧れで完璧な先輩を甘やかしたら堕ちていった話

ハイブリッジ

第1話

 僕の一つ上の廻間麗奈はざまれいな先輩は容姿端麗、頭脳明晰のな女性だ。おまけに剣道部のエースで多くの大会で優勝をしている。

 学校中の生徒から尊敬されていて、しかも宮町仁みやまちじん先輩というイケメンの彼氏もいる。欠点が見当たらない、僕の憧れの先輩だ。

 そんな廻間先輩からある日、声を掛けられた。


「今日の練習後、少しだけ時間をもらってもいいかな?」


 僕は二つ返事で承諾をした。

 もうすぐ廻間先輩の最後の大会がある。廻間先輩はもちろん優勝候補で練習にも熱が入っているらしい。

 そして部活が終わり、廻間先輩と二人きりで帰ることになった。


「最近、悩みがあってね」


「悩みですか?」


「…………プレッシャーに負けてしまいそうなんだ」


 廻間先輩が俯きながらとてもか細い声でつぶやく。


「部活では優勝が当たり前というプレッシャー、勉学では先生たちからトップが当然であろうというプレッシャー……まだそれだけならいいんだ。

 昨日、仁にデートの時に相談したんだ。そうしたら『僕も期待してる』『麗奈は失敗なんかしない』『一緒の大学に行こう』って……。両親も同じようなことを言っていたよ」


 顔を上げた廻間先輩はとても疲れているようにみえた。


「小さい頃から完璧であることをずっと、ずっと期待されて、失敗すると失望の目を向けられる…………正直、疲れているよ」


「せ、先輩………」


「すまない。こんな愚痴を君にしてしまって……」


 この三日後、廻間先輩は練習中にケガをしてしまい、大会に間に合うかがわからなくなった。




 ■




 図書室に向かう最中、廻間先輩と宮町先輩が話しているところに遭遇してしまい、つい気になって盗み聞きをする。


「怪我は仕方がないことさ。一生懸命やっていれば誰にでも起こり得る」


「……ああ。そうだな」


「それに部活がすべてじゃない。この悔しさをバネにして勉強の方に力を入れていこう。麗奈はなんだから」


「そうだね。頑張るよ。ありがとう仁」


 宮町先輩がいなくなっても廻間先輩はそこから動こうとしなかった。


「だ、大丈夫ですか?」


 心配になり、声を掛ける。


「ああ……君か。大丈夫だよ」


 廻間先輩は僕を見て微笑んでくれるが、いつもより元気がない。


「怪我をしてしまってね。大会まで練習は禁止だそうだ」


「そうですか……」


 いくら廻間先輩といっても、ぶっつけ本番で大会の優勝はとても厳しいと思う。

 落ち込んでいる廻間先輩になんて声を掛ければいいのか迷っていると廻間先輩から話しかけてくれた。


「今日、また一緒に帰ってくれないか。…………お願いだ」


「はい。大丈夫です」




 ■




 約束通り廻間先輩と一緒に帰っていると『一緒に来てほしいところがあるから、付いてきてほしい』と言われたため、付いていくと廻間先輩の家の前に到着した。


「入ってくれ」


「え、でも」


「お願いだから」


 少し押してしまったら泣いてしまいそうな顔の廻間先輩。断ることができず自宅にお邪魔をする。


 廻間先輩のご両親はどちらも出張中とのことで不在だった。

 案内された廻間先輩の部屋は机とベッドしかなく、マンガとかそういう娯楽品はひとつも見当たらず、机に参考書があるだけだ。


「ごめんね。何もなくて」


「い、いえ。そんなことないです」


 床に座ろうとするとベッドに座るように促される。申し訳ない気持ちがあるがベッドに座らせてもらう。廻間先輩は椅子に腰かけると口を開き始めた。


「…………前にプレッシャーで疲れてるって話したの覚えてるかい」


「はい覚えてます」


「正直……この怪我をした時、部活のプレッシャーから解放されて、嬉しいと思ってしまったんだ」


「…………そうなのですね」


「怪我をした時、顧問の先生からは案の定、失望した目を向けられたよ。部のみんなからは心配の声を少しだけもらった。でもすぐに『先輩の分まで頑張るので、勉強の方を頑張ってください』って声ばかりになった。……仁も同じだった」


 先生からは失望され、部の仲間からの心配の声は少しだけですぐに期待の声に変わってしまった。

 結局、廻間先輩はプレッシャーから逃れることはできなかったのだ。


「完璧であることに…………もう、疲れたよ」


 空笑そらわらいをする廻間先輩は憔悴しきっていた。このまま廻間先輩から離れてしまったら、もう僕の憧れている廻間先輩とは会えない気がした。

 今の廻間先輩に励ましの言葉は響かないと思う。僕が感じていることをそのまま伝えよう。


「あ、あの、廻間先輩はもっと人に甘えていいと思いますっ!」


「えっ……」


 僕の言葉に廻間先輩は驚いた様子だ。


「周りから期待されるってこと僕にはないから、先輩の苦しさを理解することはできないですけど、先輩はもっと言っていいと思います。

 疲れてるとか、頑張りたくないとか、休みたいとか。素の自分を見せれる人に、例えば宮町先輩とかにもっと見せてもいいですよ」


「…………甘えてもいい。素の自分を出す」


「周りのみんなも完璧じゃない先輩を絶対受け入れてくれると思います!」


 先輩は頑張りすぎだと思う。もっと気楽というか完璧じゃなくて、弱いところを他の人に見せてもいい。

 僕の今の気持ちを言葉にして伝えたつもりだ。


 しばらく黙ったままだった廻間先輩がゆっくり立ち上がると、僕に近づき突然抱き着いてきた。


「は、廻間先輩っ!?」


「すまない。少しだけ、こうさせてくれないか」


「え、えーと」


「………っ……ぐす………ぅ……」


 な、泣いてるのか?

 戸惑いながらもこの状態を何分間か続ける。廻間先輩は泣き終わると震えた声で話し始める。


「ありがとう。少し落ち着いたよ」


「よかったです」


「…………その、君の言う通り、少しだけ甘えてもいいかな? 私のことを褒めながら、頭を撫でてほしいんだ……駄目かい?」


「ぼ、僕で大丈夫ですか? 宮町先輩の方が――」


「ううん。君がいいんだ」


 抱きついている廻間先輩の腕の力が強くなる。やらないとずっとこのままだろう。気持ちを作り、頭をフル回転させて褒め言葉をかき集める。


「は、廻間先輩はいつも本当に頑張ってますよ。すごいです。頑張りすぎなくらいだと思います」


「………ぅん」


 頭を撫でる度に魅力的な声が耳元で聞こえて、背筋がゾクゾクしてしまう。

 いけない、よこしまな気持ちになっちゃ駄目だ。先輩は必死なんだから。


「もっと甘えてもいいんですよ。完璧じゃなくても大丈夫なんです。無理しないでください」


「………んっ…………」


 恥ずかしさとか色々なことに耐えながら、10分間ほど続ける。


「…………も、もう大丈夫ですか」


「……ぁ」


 さすがにもういいだろうと思い、廻間先輩から離れると名残惜しそうな声を漏らす。


「ああ……大丈夫だ。ありがとう。いきなり抱き着いて、加えてこんなことまでお願いして、すまなかった」


「だ、大丈夫です。先輩のお役に立てたなら」


「………………」


 さっきから黙ったまま僕の顔をじっと見つめる廻間先輩。

 き、気まずい。早く帰った方がいいかな。



「じゃあ、僕はこれで」


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!」


 部屋から出ようとした時、廻間先輩に呼び止められる。


「その、また明日とかに……君に甘えてもいいかな?」


「え? で、でもやっぱり、僕なんかより宮町先輩の方がいいと思います」


「そんなことない! こ、こんなこと頼めるのは、君しかいないんだ」


 今日は宮町先輩がいないから代わりにって引き受けたけど、さすがに宮町先輩に悪い気がする。

 それに抱きついて褒めながら頭を撫でるってめちゃくちゃ恥ずかしかったのに、明日もってなると…………。


「き、君が言ったんだよ! 甘えてもいいって!」


 渋っている僕に廻間先輩が泣きそうな顔で迫ってくる。


「じゃ、じゃあ今度の大会に優勝したら甘えてもいいだろ? 私の高校最後の大会だよ?」


「…………わかりました。先輩が優勝したら、また僕に甘えていただいても大丈夫です」


「本当かい!? ぜ、絶対、絶対だよ? 約束破ったら怒るからね!」


「は、はい。約束します」


 廻間先輩は今怪我をしていて大会まで練習もできない。申し訳ないがたぶん優勝も難しいと思うので、約束を達成することはないだろう。

 廻間先輩に見送られ、僕は部屋を後にした。





「甘えてもいい……甘えさせてくれる。完璧じゃなくてもいいんだ…………ふふっ」





 ■





 あの日以降、廻間先輩は元気になった。笑顔も多くなり、活気が出てきているように感じる。廻間先輩の元気も戻って周りの生徒たちもとても喜んでいた。


 そして大会当日。


 廻間先輩にどうしても見に来てほしいと言われ、特に用事もなかったので会場まで応援をしに来た。

 会場に到着し、応援席に行く為の通路を歩いていると宮町先輩と廻間先輩を発見した。

 どうやら会話が終わったらしく、宮町先輩が僕と一緒の応援席に向かっていた。

 僕も向かおうとした時、廻間先輩に見つかってしまう。


「あっ来てくれたんだねっ!」


 笑顔の廻間先輩が足早に僕の方に向かってくる。


「はい。約束したんで」


「嬉しいよ……。絶対に優勝するから見ててくれ」


「応援してます」


「…………あと、その……約束は絶対に守ってくれよ」


「わ、わかりました」


「ふふっ。じゃあいってくるね」


 廻間先輩が選手の控え室の方に歩いていく。



「優勝したら、また君の手で撫でてもらえる、褒めてもらえる、甘えさせてくれる……」





 ■





 大会は廻間先輩の優勝で幕を閉じた。


 始まってみると怪我のブランクをまったく感じさせず、相手選手を圧倒するものだった。

 会場からの帰ろうとすると、剣道部員と宮町先輩が廻間先輩を祝っている現場に遭遇する。


「先輩、さすがですっ! 本当におめでとうございます!!」


「ありがとう。最後にみんなの前でカッコいいところを見せることができて良かったよ」


「麗奈、優勝おめでとう。やっぱり麗奈は完璧だったな」


「ふふっ。ありがとう仁」


「…………と、ところで、もしよかったらその、この後に夜とか、お祝いでご飯とかどうだ?」


 宮町先輩のお誘いに周りの剣道部員たちが盛り上がる。


「ごめん。今日はさすがに疲れたから、また後日でもいいかな?」


「そ、そうだよな。じゃあまた日を改めて。今日はゆっくり休んでくれ」


「うん…………」


 帰り道、携帯を見てみると廻間先輩からメールがきていた。


『今日、この後私の家に来てくれ。必ず来てほしい』





 ■





「やあ。待ってたよっ!」


「お邪魔します」


 笑顔で出迎えてくれた廻間先輩。そのまま先輩の部屋に案内され、以前同様、僕はベッドに座ることを促される。

 先輩は僕が座った後、僕のすぐ隣に座った。ち、近い。



「廻間先輩、優勝おめでとうございます」


「ありがとう。君のおかげだよ」


「そんな……。僕は何もしてないですよ」


「ううん。君がいなかったら私は優勝どころか、あのまま部活を引退していたと思う。本当にありがとう」


 お礼を言われてとても照れ臭い。先輩のためになったのなら、あの時の僕の行動は間違ってなかったんだ。

 その後、先輩との思い出話などをしていると先輩がもじもじし始める。


「えっと、急に話を変えて申し訳ないのだが……………それで、その、そろそろ甘えてもいいかな?」


 約束したし、先輩今日すごく頑張ったから……いいよね。ごめんなさい宮町先輩。

 頷くと廻間先輩は待てを解かれた犬みたいに抱きついてくると、僕の胸に顔を埋める。


「……はあ……はあ……ぅぅ、やっとだ。すっごく我慢してんだよ?」


「す、すいません」


「うん、大丈夫。……すぅ………はぁ……いい匂い」


 に、匂い嗅がれてる? 一心不乱に体の匂いを嗅がれて、すごく恥ずかしい。本当に犬みたいだ。



「君は私のこんな姿を見ても失望しないよね? 受け入れてくれるんだよね?」


「…………はい」


「じゃあね、前みたいに撫でてくれ、いっぱい。あ、あと言葉も、いっぱい褒めてくれ」


「わかりました」


 前回と一緒で廻間先輩の頭を撫でながら、たくさん褒める。


「ぅん………すき……だいすき、これ……もっと、もっとぉ。……わ、私を強く抱きしめてくれ」


 抱きしめている力を強める。


「ああ…………。本当に心地がいいよ。このためだけに、私は今日まで頑張ってきたんだ」


「痛くないですか?」


「全然。むしろ強く君を感じられて、すごく興奮している。耳とか頬も触ってくれ」


 廻間先輩の要望通り、耳や頬を触る。……どんな風に触ればいいのかわからないけど、やってみよう。


「……ぁん。だ、だめだ。……あっ」


 廻間先輩は触る度にもぞもぞと体を動かしてなまめかしい声をあげる。


「んっ………君に触られたところ、全てが気持ちいいよ。溶けてしまいそうだ」


 頬が赤く、目がとろんとしている廻間先輩。

 普段学校では凛としていて、大会では鬼のような気迫で相手を圧倒していたあの廻間先輩が、こんなふうになるなんて…………。


「私の顔をそんなに見つめて、どうしたんだい?」


「えっいや、すいません」


「ふふっ。…………本当に可愛いなあ」


 廻間先輩が僕の頬を撫でる。


「その白くて綺麗な肌、長いまつ毛、幼さが残った顔、か細い腕、優しい声、鼻腔をくすぐる匂い、私のために恥ずかしいのも我慢して甘やかしてくれる性格…………全てが好きだ」


「せ、先輩。ちょっと離れて休憩しましょう」


 さっきから先輩の様子がちょっと変だ。一回離れて冷静になった方がいい。


「逃がさないよ」


 そう言って僕の首に腕を回す廻間先輩。鼻先が当たりそうなくらい近い距離だ。


「ねえ、次は……キスをしてくれ」


「そ、それは絶対駄目です。宮町先輩に悪いですから」


 こんなことをしていて言うのもどうだと思うが、いくら約束をしたとはいえ、そこは宮町先輩のためにも線引きをしっかりしたい。


「ちっ……。あいつ、本当に邪魔だな。最近、顔を見るだけで吐き気がしてくるよ。今日も君との幸せな時間にご飯の誘いなんて……虫酸が走るよ」


 心底嫌いな人に向ける目をしている。さっきはあんなに楽しそうに話してたのに……。


「でもーー」


 急にベッドへ押し倒されると、廻間先輩が僕の上に跨がり、馬乗りの状態になる。手首も捕まれて、腕を動かすことができない。


「は、廻間先輩っ!? ど、どいてください!!」


「もういいんだ。我慢しないって決めたから」


「だ、駄目んっ――」


 拒否をしようとするがそれも叶わず、唇を塞がれてしまう。僕が戸惑っている中、廻間先輩は舌で僕の口の中や唇を舐め回す。


「ぷはっ…………美味しいよ。も、もう一回、ううん何回もやろう」


「えっ……んっーー」


「ちょうだい…………きみの、よだれっ……あむっ……ん」


 その後も何回も何回もキスを繰り返し、口腔内を刺激される。

 何回もされていると、途中から気持ち良くなり頭がフワフワしてきて、何も考えられなくなる。


「はぁ……もう駄目だ。君がいないと廻間麗奈という人間は生きていけなくなってしまったよ」


「…………」


 お、終わった。……………………そうだ、に、逃げないと…………。今の先輩とは話しをしても聞いてもらえない。


「くっ…………」


「ん? もしかして逃げようとしているのかい?」


 う、動けない。何とか逃げようと試みるが、上手く力が入らないのと先輩の方が僕より力が強くて逃げることができない。


「愛おしくてたまらないよ。必死に私から逃げようとしても、力が弱いから逃げられない…………」


 馬乗りのまま先輩が僕に覆い被さってくると、耳元で囁き始める。


「君は誰にも渡さない。私のためだけに声を発してくれ。私のためだけに手を使ってくれ。君のすべてを私が甘えるためだけに使ってくれ。そうすれば私は、でいられる」


 僕はどこかで選択を間違えてしまったのだろう。

 ごめんなさい…………廻間先輩。







「今日はずっと甘えるからね……。愛してるよ」








 終わり



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