第39話3.39 王都でも爺様のやることは一緒です
「父上! 着いたって?」
俺がサクラから隠れるように背を向けているところに、礼儀作法などどこ吹く風、そんな感じで力強く開けられた扉から入ってきて叫ぶ男。爺様を父さんと呼ぶことから、当館の主人ヤーロス伯父さんだと思われる。
俺は、そのヤーロス伯父さんの顔を見て目が点になった。まるで、20年前の爺様――見たことはない――のような風貌だったから。
「おう、ヤーロス。来たぞ」
「なら、あれですか?」
「おう、もちろんだ」
「分かりました。子供達は準備しているでしょう」
「今行く」
ヤーロス伯父さんの顔を呆然と見つめる俺をよそに、進んでいく意味深な話。やがて、爺様は立ち上がり。
「よっしゃ、戦いだ! お前らも準備しろ‼」
いつもの怖い笑みを浮かべながら叫んだ。
「誰からだ?」
爺様を先頭にずんずん歩いた先は館の中庭だった。そこにいる二人の青年に向かって獲物を見つけた猛獣のような笑みを向ける爺様。そこに。
「では、私から」
二人のうち、ひょろっと背の高い青年が歩み出てきた。手に木剣を持って。
「よし、ニロスからか」
いつの間にか手にした木剣を片手で構える爺様。そして、二人は対峙した。
「では」
小さく息を吐き、剣を突き出すニロスさん。その速度は、そこそこ早かった。だが、そこそこだ。爺様はほんの少しだけ体揺らすだけで躱してしまう。ニロスさんは、爺様の構えを崩すことすらできない。
その後も、幾度も打ち込むニロスさん。10度目ぐらいのところで、爺様がニロスさんの木剣を自らの木剣で下段から跳ね上げた。
宙を舞うニロスさんの木剣。
「まいりました」
ニロスさんの声が響いた。
「次、ナーロス」
下がっていくニロスさんに代わって今度出てきたのは、もう一人の青年。その姿かたちは、爺様の40年前――もちろん、見たことはない――とそっくりだった。そのナーロスさんが木剣を構える。爺様も構えた、瞬間!
ナーロスさんは、爺様に向かって打ち込んだ。鋭い太刀筋だった。爺様の顔から余裕がなくなるほどの。
「やるようになったな! ナーロス‼」
「今日こそ勝ちます‼」
鍔迫り合いで押し合いながら言葉を交わす二人。直後! ナーロスさんの体が一回転した。
爺様が突然体を引いて、ナーロスさんのバランスを崩したうえで投げを打ったのだ。
「がは!」
地面に叩きつけられて、呻くナーロスさん。しばらくして。
「まいりました」
座り込んで頭を下げた。
「うむ、二人とも良いぞ!」
満足げに、満面の恐ろしい笑みを浮かべる爺様。
「それでは、私もお願いいたします」
そこに、木剣を持って現れたのは、20年前の爺様、いや、ヤーロス伯父さんだった。
「ヤーロスか。お前も鍛錬を忘れてはおらんようだな。一手やりたいところだが、今日は人数も多い。お前の相手は、他のにやらせよう」
怖いながらも少し意地の悪そうな笑顔に変わる爺様。ちらりと目線を向けたのはビルだった。
俺⁉ とばかりに自分を指さすビル。爺様の頷きを見て前に出て行った。
「お前の相手は、このユーロスの三男ビルだ。ビル、お前の伯父のヤーロスだ。胸を借りてこい!」
「はい、爺様」
爺様から木剣を借りて元気に頭を下げるビル。
「ほう、噂の勇者様か。いいだろう。思いっきりかかってこい!」
ヤーロス伯父さんは、爺様同様の怖い笑顔を浮かべて叫んだ。
初手はビルだった。いつものように、何も考えずに飛び込んでいく。だが、木剣がヤーロス伯父さんに届くことはなかった。力強くも正確な剣捌きでビルの攻撃をいなしていくヤーロス伯父さん。
ビルは、埒が明かないとばかりに一度距離を取って理力を練りだした。
「え⁉ まさか、あの技使うのか? 人相手に」
もし、あの火竜の時の剣身弾を使うならさすがに止めないと危険だ、と思い俺は注意深く様子を見る。だが、流石にそれはなかった。代わりに放たれたのは、俺が入学祝代わりに教えた飛斬だった。
「何⁉ 斬撃が飛ぶだと‼」
初めて見る技に驚きながらも、木剣で斬撃を弾くヤーロス伯父さん。よく見れば、笑みが深くなり、とてもとても恐ろしい顔へと変貌していた。
「くそ! これもダメか‼」
ビルは飛斬が通じないと分かるや、再び距離を詰め接近戦を試みる。しかし、決め手がなかった。すべての攻撃を弾かれてしまっていたから。
やがて、疲れが出てくるビル。このままでは、スタミナ切れで負けか? と思ったところで、それは起こった。
バキン!
バキン!
なんと、ビルより先に二人の木剣が力尽きたようだった。いや、ビルはこれを狙っていたのかもしれない。
「ふははははは、引き分けだ。勇者よ!」
まるで魔王のような、凶悪な笑みで告げるヤーロス伯父さん。
「俺の負けです」
ビルは、悔しげに告げた。
「よい、ますますよい。その心意気。気にいった。ふはははははは」
タガが外れたかのように高笑いするヤーロス伯父さん。そこに、とてもとても悪い笑み――まるで策略を練る大魔王のような――を浮かべた爺様がヤーロス伯父さんへと声をかけた。
「おい、ヤーロス次が待ってるぞ」
「え? 何を言っておられるのですか、父さん。私はもう満足ですよ。勇者ビルと手合わせできて。ふはははははは」
壊れたかのように笑いながら、ビルの肩をバシバシ叩くヤーロス伯父さん。爺様は、ビルを下がらせながら告げた。
「ビルより強いのがいるぞ? それでも、やらんのか?」
俺が頭を抱えたくなるような、挑発の言葉だった。
「ほう? そんな武人が? どこに?」
立ち並ぶ俺たちを観察していくヤーロス伯父さん。だが、全員を見終えて首を傾げた。
「誰が強いんだ? 見た感じ、イーロスはもっての他だし、ユーロスも変わってなさそうだ。すると、奥さん連中、グレンダやカレンか? いや、それもなさそうだし……ひょっとしてシェールか。賢者と名高い。そうか、それは楽しそうだ!」
再度、一人一人検証してから分かったとばかりに、シェールへ向けて魔王の笑みを向けるヤーロス伯父さん。
「ヤーロス伯父様、残念ながら、私では伯父様には勝てません」
シェールは若干の不快感を滲ませながら頭を下げた。多分、賢者と呼ばれるのが嫌なのだろう。そして何より暑苦しいのと戦うのが面倒なのだろう。
「なに? シェールではないのか?」
「はい。私ではありません」
「ではいったい……」
シェールのツンとした対応に少し困惑しながらも、一人一人顔を見ていくヤーロス伯父さん。そこに。
「はいはい。もう早くしてよ、エクスト君。フリも長すぎると興ざめするわよ」
ラスティ先生が、爺様に注意しながら俺を押し出し始めた。
「やっぱり俺か……」
ぼやかずにはいられない俺をよそに。
「アル、コテンパンにやってしまえ‼」
大魔王の笑みを近づけて囁く爺様。とーっても怖いのでやめて欲しかった。
「えっと、この子は、確か――」
「そう、ビル君とシェールちゃんの兄であるアル君よ。二人の師でもあるの。最近は私も色々教えてもらってるわ」
にこやかに告げて、爺様を引きずって離れていくラスティ先生。一人になった俺は、ヤーロス伯父さんに頭を下げた。
「えっと、ヤーロス伯父さん、アルです。よろしくお願いします」
「あ、ああ、よろしく。アル。っていうか、勇者と聖女の師? ラスティ先生に教えている? どういうことだ?」
挨拶を返しながらも、爺様やラスティ先生の言葉に翻弄されるヤーロス伯父さん。
「ヤーロス。考えるのは後にしろ! それ、はじめ!」
始まらないことに業を煮やした爺様の、ぞんざいな合図で模擬戦は始まった。
「ふむ、まぁ、始まったのなら仕方がない。来い、アル!」
ヤーロス伯父さんは、折れた木剣の代わりに渡された本物の槍を構える。見れば、腰には本物の剣も用意されていた。
おいおい、爺様、本気でヤーロス伯父さんをへこまそうとしてるのか。
俺は渡された木の短剣を見て深いため息をつく。そして、ちょっとだけ気合を入れてヤーロス伯父さんに向けて歩いて行った。
「な!」
俺は普通――あらゆる攻撃に対処出来るように気を配りながら――にヤーロス伯父さんに向けて足を進める。すると俺の速度に合わせるように後ずさる伯父さん。やがてヤーロス伯父さんは館を囲む壁に阻まれ下がれなくなった。
「く!」
おそらく回り込みたいのだろう、懸命に槍で牽制してくるヤーロス伯父さん。俺は木の短剣で槍を捌き、伯父さんの目論見をことごとく潰していった。
「はぁはぁはぁ」
ただ、対峙して偶に出てくる槍を弾いているだけなのに、見るからに消耗していくヤーロス伯父さん。
「そろそろ終わりでいいでしょうか?」
「何⁉ ちょっとま――」
俺は伯父さんの返事が終わるより早く動いた。首元に短剣を突き付けるために。
「――まいった」
我武者羅に突き付けてくる槍を避け、さらに近づいたところで抜かれた剣を躱し、間合いを詰めた俺が短剣を突き付ける。ヤーロス伯父さんは、負けを認めた後、膝から崩れ落ちた。
「はぁはぁはぁ、なん、なんだ。お前は……」
俺を見上げてつぶやくヤーロス伯父さんに手を差し出し立たせてあげる。
「貴方の甥ですよ」
俺は努めて笑顔で答えた。
「そうか、そうか、俺の甥か。ふっ、はははははははは」
またしても、壊れたように笑いだすヤーロス伯父さん。俺は三歩ほど後ろに下がった。顔が怖かったのもあるがビルのようにバシバシ叩かれたくはなかったから。
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