第40話2.40 聖女って誰のことですか


 外で魔獣と組合員ハンターさんたちとの戦いが始まった時、あたしはサクラちゃんと二人、臨時治療所で怪我人を治していました。とは言っても実際に直すのは、あたしだけです。

 サクラちゃんは補助? 護衛? みたいな感じです。


「はい、傷口は塞いだです。でもしばらく動いては駄目です。直ぐに開くですから」


 あたしは大きな犬耳をもった組合員ハンターさんに話しかけます。ですけど、組合員ハンターさん聞いて無いようでした。


「な! 傷がないぞ! どういう事だ。何が起こった。理術なのか?」


 組合員ハンターさん、傷のあった肩口を触ったり擦ったり、さらには叩いたりしています。


「だ、ダメですー。叩いたりしたら傷が開くですー」


 私は慌てて組合員ハンターさんの手を掴み止めさせます。


「ダメです。傷は見えないですけど。まだあるです。大事にしてください、です」


 組合員ハンターさんの手を優しく握り、再度、声を掛けます。すると何故か握っていた手を引っ込めて顔を赤くする組合員ハンターさん。


「あ、ああ、分かった……」


 とつぶやいて走り去ってしまったのです。


「あ、また、です。また、走って行ってしまうです。何でです?」


 そうさっきから、こんなことばかり起こっているのです。何故か治療後、顔を赤くして走り去ってしまうのです。


「事後ケアの話もしたいですぅ」


 そこまで話をして治療は終わり。そう思うのに上手くいかない。少し落ち込んでいると横から、くすくすと笑い声が聞こえたのです。


「サーヤは、ほんまアルが絡まへんと見た目通りのうぶな女の子やなぁ」


 横でずっと様子を見ていたサクラちゃんでした。


「どういうことです?」

「いや、ええんや。それよりな、男は、みんな恥ずかしがり屋なんや。サーヤに手掴まれて、顔見つめられたら大概は逃げ出すわ。もしくは襲うか?」

「それって、あたしが悪いです? 傷口叩いたりするから止めているだけなのに……しかも襲うってどういうことです?」


 意味が分からないあたしに、ため息交じりの声が聞こえたのです。


「サーヤ、男は狼や。気安う触ったらあかん。うちの母さんも言うてたで。まぁ、並の男にそう簡単に襲われるサーヤやないけど、それでも、分かった?」

「治療には触ることが必要です。それとアル兄様は抱き着いても何もしてくれないです……」


 耳とか尻尾だけでなくもっといろんなところなでなでして欲しいです。なんて考えていたら――


 バコォォォォォォォォォォォォン


 硬いものが砕ける音が響いた。


「何の音です?」

「なんやろ? 分からへん。ちょっと門の外見てくるわ」


 あたしの問いに一緒に首をかしげていたサクラちゃん、一瞬で姿が消えたです。転移理術を使ったみたいでした。


「外のみんな、大丈夫です?」


 残されたあたしは、ひとり心配します。


「さっき、大きな鳴き声も聞こえたですし強い魔獣で怪我してないといいですけど」


 アル兄様がいるのだから、どんな魔獣が来ても大丈夫! だと思うのですけど、でも、数が多かったらとか、誰か人質でも取られたらとか悪い事ばかり頭に受かんできます。

 不安になっては駄目です! と自分に言い聞かせていると、サクラちゃんが戻ってきた。


「怪我人、多数や。ちょっと来て」


 言うだけ言って、私の返事も聞かずに転移理術を使うサクラちゃん。そして、転移した先は――阿鼻叫喚の地獄の様相でした。



 百を超える人たちが集う門前、そのほとんどが血を流して蹲っている状況に、あたしは目を見開くしか出来ない。

 

 ――数、多すぎです


 と。


 思わず隣に立つサクラちゃんの腕をつかみ助けを求めるような視線を向けてしまいます。だけど。


「ごめん、サーヤ。うち、空間断裂の面倒見なあかんから、手伝えへんねん。でも、きっとサーヤならみんなを助けられる。頑張って」


 あたしの顔を見て申し訳なさそうに口を開いたサクラちゃん、やらなければならない事柄があるようでした。再度、ごめんな、と頭を下げて離れていくサクラちゃん。

 あたしは、その背中をただ見送るしか出来なかったです。


 充満する血の匂い、いや、死の匂いと言ってもいいほどの濃い匂いの場所に一人残されたあたしはアル兄様からプレゼントしてもらった杖を抱きしめて考え込んでしまいました。

 どうすれば多くの人を効率的に治せるかと。


 いつもならこんな時、アル兄様が指示をくれるのだけど――ここにはいません。相談に乗ってくれそうなシェールちゃんもいないですし、サクラちゃんも外の様子を見ながら理術を操作しています。

 本当に一人でやらないといけないらしいです。


 あたしは考え込む。そんな、あたしの肩を突然掴む人が現れました。


「おい、あんた。さっき臨時治療所で治療していた術士だよな。突っ立てないで怪我人を治してくれよ。壊れた壁が飛んできてよ。今にも死にそうなやつもいるのだよ。頼むよ」


 掴んた肩を揺さぶりながら頼み込んでくる人は、よく見ると治療所で走り去った組合員ハンターさんでした。今にも零れ落ちそうな涙をこらえて口を開く組合員ハンターさんの言葉。その言葉に少し落ち着きを取り戻したあたしは辺りを見回しました。

 すると、一つのことが分かりました。全員が命の危険にさらされている訳では無いということが。いや、むしろ命の危険な重傷者は少ないことが。

 血を流しながら、他の人の出血を押さえている人までいるのです。血の――死の匂いに冷静な判断が出来なくなっていたようでした。


 それならば対応できそうです――と、怪我人たちの中心へとあたしは歩いて行く。そして、声を上げた。


「これから全体に回復理術を掛るです。治った人は、急いで治りきらなかった人を、あたしのところまで連れてきてほしいです。では――」


 話終わると同時に、あたしは上丹田で理力を練り、それをさらに杖で増幅させた上で、範囲・傷口修復を発動させます。すると辺りから。


「なんだ、傷口がふさがった」

「痛くない」

「複数同時の回復理術など存在するのか」


 などと声が届きます。そして術が終わるころにはほとんどの人が立ち上がっていたです。

 そんな立ち上がる人々を見ながら、あたしは一人安堵していました。

 

 ――アル兄様から話は聞いていたですけど、範囲・傷口修復なんて初めて使ったです~


 そもそも理術でも薬でも治療する場合、最も大事なのは診断です。なぜなら掛けたら何でも治る理術なんて存在しないのですから。


 診断して適切な理術を掛けるのが一般的な流れです。だけど今回は診断をしませんでした。

 いや、より多くの人を治すために個別に診断する時間を惜しんだのです。


 なら、なぜ多くの人が治ったかというと、ほとんどみんなが壊れた壁の破片による切り傷でしたから。今回の範囲・傷口修復では、この切り傷だけを盲目的に治したのです。

 だから治せていない人もいます。

 大きな破片で腕をつぶされた人、骨折した人、内臓を痛めた人など、切り傷以外の人は個別の治療が必要です。

 それも急いで。

 

 あたしは声を大きくして呼びかけます。


「まだ治っていない人を、あたしのところへーです!」


 すると――


「通してくれ。腹に直撃を受けた」

「こいつ頭から大量に出血している」


 と背負われたり、槍と布で作られた担架に乗せられたりと歩けない人たちが連れてこられます。そんな人たちを、あたしは一人一人治していきました。




「あの~、聖女様。こいつの足は元に戻りますか?」


 折角アル兄様にいただいたロープを血まみれにしながら頭部や内臓など命の危険がありそうな箇所に傷を負った人々を治していって数時間、ようやく少し症状の軽い――とは言っても足が押しつぶされていたり、の重症――患者を治していると聞こえてきた言葉です。


「は? いや、足は骨が砕けて複雑骨折しているだけですから、砕けた骨を取り除いて再生すれば治るです。それより……あの、おじさん、聖女って何です?」

「そうですか、治りますか。ありがたや~、ありがたや~。白髪の聖女様~」


 両手を合わせて拝んでくるおじさん。全く話を聞いてくれません。


「いや、ですから、聖女ってのは――」


 その後、何人もの人に、この質問をしましたけど、誰も答えてはくれませんでした……です。


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