第20話2.20 ちょっとやりすぎたようです


 音を聞いた俺は、すぐさま教室から飛び出した。

 後ろから、もう戻れないぞ!と試験官の声がするので、大丈夫でーす! と大声で返して走る。すると、ラスティ先生が追いついて来た。


「あれ、先生は来なくてよかったですけど」

「そうもいかないでしょ。従者だから。それに、あの問題を考える集中力が切れちゃったわ」


 自傷気味に話す先生、どうやら問題解くのをあきらめたようだ。まぁ、あの一問が解けなくても従者の変更になんてならないだろうしね。


 建物を出て恐らく運動場がある方へと走っているとラスティ先生が尋ねてきた。


「それで、どうしたの? さっきの音?」

「はい、理力の動きを見るに、どうもビルと、それにシェールもみたいなんです」


 俺の返答に眉をしかめるラスティ先生。気持ちはよく分かる。

 ビルなら何かやらかす。俺もそう思っていたから。だが、そこにシェールの理力まで感じるとなると理解に苦しむ。少ない可能性として魔獣でも現れたのかと思って探したけど、それらしい気配は感じないし周りの人の気配もおかしい。

 逃げ出している雰囲気を感じられなかったから。


「大丈夫ですよ。二人とも元気そうですし、全力ではないようですから」


 言いつつ走っていると運動場を遠巻きに眺めている人だかりが見えてきた。


 人だかりを抜けて運動場へと入る。すると辺り一面が氷の山だった。

 気温も数段低く感じられるほどの氷の山。その氷の山の向こうからビルとシェールの声がする。


「だからあれだけ無茶をするなと言われていたでしょ!」

「何言ってんだ。俺だってちゃんと考えて、死なないようにやってるよ!」

「怪我をさせないようにやりなさいよ。それに死ななかったのはユーヤ兄さんが間に入ってくれたからでしょ」

「そ、それは悪かったよ。でも試験官が言ったんだ、全力で来いって」

「だ、か、ら、何度も言っているでしょ! それが無茶だって‼」


 声の合間に、ドカン! バリン! と音がする。どうやら、シェールが理術で氷の槍を放ち、それをビルが剣で砕いているようだ。


 そんな二人のやり取りを聞いて俺は状況を理解した。

 いつもビルの無茶を止めて諫めるのは俺の役目だった。

 魔獣討伐訓練でも模擬戦でも。だが今回は、その俺が現場にいなかったので、代わりにシェールが動いたようだった。

 一番に動いたのは従者であるユーヤ兄だったようだが。


「大体事情は分かったわね。しかし派手な兄妹喧嘩ね。止めなくていいの?」

「あー、ハイ、行ってきます。ラスティ先生」


 先生に促された俺は氷の山を越えて二人の元へ行く。この場で二人の間に入れるのは俺しかいなかったから。


「おーい、二人ともやめようかー?」

「あ、アルにぃ。聞いてよ。シェールが――」

「アル兄さん、聞いてください。ビルが――」


 俺の声に二人揃えて返す二人。俺は両手を前に出して二人を制止した。


「二人の言い分は後で聞くから、とりあえず大人しくして! そして氷を消して。分かった?」

「「……はい」」


 ちょっと怒気を込めた俺の発言に二人は不承不承ながら従ってくれた。帰ったら話し合いが必要そうだけど。


 二人が動き出した次は、運動場の真ん中で座り込んでいるユーヤ兄とサーヤの元へと向かう。


「ユーヤ兄、大丈夫?」

「む!」

「大丈夫です。ちょっと両腕の骨が折れただけですから。もう治したです!」


 両腕骨折って大丈夫な範囲なの? って心配したけど、本人も大丈夫だと言っているし後で労わっておくことにした。

 一番の被害者だしね。


「サーヤもありがとう」


 彼女にも迷惑をかけたなと頭に手を置いてポンポンしてやる。するとニッコリ笑顔を浮かべて耳を突き出してきた。撫でろってことらしい。

 体は大人になったけど中身は、まだ子供みたいだった。手に触れるふわふわ狐耳の感覚に癒される。そんな現実逃避していると声が掛かった。


「すまないが少し来てもらえるだろうか?」


 がっしりした体格のおじさんだった。恐らく試験官の一人だろう。


「はい。弟と妹がすみません」


 とりあえず謝っておく。きっと迷惑をかけただろうから。


「いや、大丈夫だ。ちょっと、本気で死ぬかと思ったけども、魔獣に囲まれた時を思えば問題ない」


 随分な例えだが、あながち間違いではない。普通の人が身体強化全開のビルと対峙したのなら。俺は再度頭を下げて試験官についていった。


 

 辿り着いた部屋の中ではダンディなお爺さんとハロルド兵長とホリーメイド長が待っていた。


「わざわざすまないな」


 促されるまま俺がソファーに座って一番に口を開いたのはダンディなお爺さんだった。


「いえ、弟妹がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「ふむ、なるほどの。エクスト紅龍爵様が自慢するわけだな。……っと、申し訳ない。自己紹介がまだだったな。私は、当ラーク学園で学園長をしているシダーという。紅龍爵家とは長い付き合いでな、こうやって職に就かせてもらっているものだよ。アル君……でよかったかな?」

「はい、学園長先生。アルです。ユーロス・クレインが次男、アル・クレインです。よろしくお願いいたします」


 俺は再び立ち上がり、お辞儀をする。


「ははは、そんなに固くならなくてもいい。今回の件で、当事者を不合格になどしたりしない。だから安心してくれ」

「ありがとうございます」


 再度礼を言い俺はソファーへと腰掛ける。するとシダー学園長先生、困った顔で話し始めた。


「うむ、アル君。呼んだのは他でもない、先ほど行われた二人の戦いが二人の全力なのかどうかということだ。本当であれば我々教師が確認するはずなのだが、如何せん、先ほどの体たらくだ。とてもではないが確認できそうにもない。それで急遽、ハロルド兵長とホリー先生にも来てもらってラークレイン城での訓練状況を聞かせてもらったのだが……二人ともあんな戦いは見たことがないという」


 それで、どうなのかな? と言う学園長の問い、俺は答えに窮した。

 全力かという答えは否なのだが、それを正直に答えた場合、十中八九、実力を確かめたがるだろうという未来が見えてしまったからだ。


 どうするのが二人いやユーヤ兄とサーヤを含めた四人か、にとっていいのかと少し考えて――俺は認識を改めた。


 学園長の問いに答えるのは俺ではないと。実力を隠すにしろ露にするにしろ、もうそろそろ本人たちに任せてもいいのではないかということに。

 そもそも隠していたのは大きな力を誰かに悪用されないようにするためだ。

 だが皆も、それなりに大きくなった。もう数年もすれば成人扱いだ。日本人の感覚からしたら早いけど。

 文明の発展度合いから考えると普通ともいえる。日本でも侍なんかは15歳までに元服したりしていたのだから。


 それに俺達は、これから親元を離れ別々の道を歩む。四六時中一緒にいれた今までとは状況は大きく変わる。少し自立してもいい頃合いだ。もちろんフォローはするつもりだし。


 そういう意味では、俺も勝手にやっていた保護者みたいな関係から変わらなければいけないということか。そう思い腹を決めた俺、皆が実力を隠していたことを話していった。

 もちろん俺が隠すように指示していたことも含めてだ。


「嘘をついて、申し訳ありませんでした」


 話を終え俺は深々と頭を下げた。だが、すぐに俺の頭を上げさせる者がいた。ハロルド兵長だ。


「アル様、頭を上げてください。貴方様が頭を下げる必要はございません。貴方は紅龍爵様の孫なのですよ。その辺りをお考え下さい」

「そうです。貴方様は何も悪い事はしておりません。自らの身の安全のために行った事であるならば、だれも咎める者などいるはずがありません」

「そうですな。今回は、我々教師陣の実力不足が原因という事ですな。いや、申し訳ないアル様」


 続いてホリーさん、最後は学園長と口を開く。そして三人が揃って俺に向かって頭を下げる。なんとも居心地の悪い光景だ。その上、皆が様付けで呼んでくる。言葉を聞くたびに体がムズムズする。

 だから必死で弁明した。


「頭を上げてください。俺はただの子供です。子供が嘘をついたら叱られるべきです。身分など関係なく。それに、今回の事だって、父さんか爺様かに話をしていればよかっただけです」

「それは、そうですね。紅龍爵様とユーロス様には叱られるべきかと思います。紅龍爵様の怒った顔は怖いですよ」


 ホリーさんが、にやりと笑いながら俺に答えてくれた。その言葉で思い浮かべた爺様の怒り顔、本当に怖そうだった。


「二人の実力については分かりました。一度、本気を見てみたいのですが、どうでしょう。ハロルド先生」

「そうですね。今日なら紅龍爵様も試験結果を聞くために城におられると思いますので、これから城の訓練場でいかがでしょう? 学園長先生の予定しだいですが」

「私は大丈夫です。明日の合否決定会議までに実力が見られるなら、それに越したことはありませんし」


 こうしてビルとシェールの再試験が行われることとなった。


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