第17話2.17 領都の魔獣駆除組合に顔出してみました


 弟妹たちの受験対策は順調に進んでいるようだった。

 ビルはハロルド兵長相手に善戦し合格間違いなしと太鼓判を押されていたし、シェールもホリーメイド長から出される課題を次々クリアして水や氷だけでなく風や火の理術の実力も上げて行っていた。残念ながら時空理術はまだだけど。


 俺はというと、初日にショーザさんに教えることがないと言われたように受験対策など一切やっていない。代わりに何をしているかというとショーザさんに頼まれた助言の具体化について話をまとめているのだ。

 受験とは全く関係ない、完全に領主の仕事をしていた。


 爺様や父さんまで来て一緒にまとめている。おかげで爺様なんて、次の領主を任せると混乱するだろうから無理としても補佐辺りどうだ、とか真顔で言って来る始末だ。


「商人がしたいです」


 と断っているけど、それならいる間だけでもと働かされている。全く口は災いの元だ。だが、まぁオーパディ紅龍爵領が発展するならいいかと思って頑張っている。


「今日はもういいぞ」


 書き上げた商売の規制緩和についての資料を父さんに渡したら返ってきた言葉だ。待っていましたとばかりに部屋を退出する。ボケっとしていると爺様が余計な仕事を増やしてくるのだから、逃げるなら早いほうがいい。


 そう思って部屋から出て屋敷内を歩いているところで俺は気付いた。仕事以外にする事がないと。

 今さら受験勉強も必要ないし、何かする事――と考えて一つ思い出した。


 領都に来てから魔獣駆除組合に顔を出していないことに。


 思い立ったが吉日とはよく言ったもので、俺はすぐに魔獣駆除組合に出かけることにした。

 いつの間にか専属メイドと化したダニエラさんに外出の旨を伝えて門から外に出る。

 この時、しつこく馬車を進められて断るのに苦労した。俺の身を案じているのだろうけど、馬車なんて乗ったら変身できなくなるのだから仕方がない。


 外に出て大通りを歩く。魔獣駆除組合は町の外れ、北門の近くだ。当初は何でこんなに隅に追いやられている? と思ったけど、近づいてみて良く分かった。

 武装した組合員といい、生もの独特のにおいといい、都会には似つかわしくなかったから。

 

「日本でも昔は肉を扱う職業は区別されてたんだよなぁ……」


 北門に近づくにつれ。感覚的にはルーホール町に戻ってきた感じだ。ウィレさんから贈られた貴族然とした服を着た俺が浮きまくっている。そんな中、俺は変身しようと人気のない場所を探し始めて、何やら影からこちらを伺う気配に気が付いた。


 気配の消し方から見ると、かなりの手練れだ。だけど『影』の真龍に鍛えられた俺からは逃れられない。まぁ、町中だと油断していて気づくのに遅れたから偉そうには言えないのだけど。


「町中で害意の無い気配って、見つけ辛いんだよなぁ」


 一人つぶやきながら対応を考える。撒くのは簡単だ。視界から外れて転移すればいい。でも一応目的を知りたいなぁ――という訳で、逆に待ち伏せすることにした。


 人のいない角を曲がってすぐ気配を消す。忍者みたいに壁の色した布でもあればいいのだけど、そんな小物持っていない。仕方がないので普通に木箱の影に隠れた。

 しばらくして角から見えてきた顔は――ダニエラさんだった。


「あれ、ダニエラさん?」


 俺は何やら焦った顔をしているダニエラさんに偶然を装って声を掛ける。


「あ、アル様……」

「どうしたの? 何か買い物」

「……そ、そうですね。買い物です。それでは、私はこれで」


 そそくさと立ち去るダニエラさんを見送った俺は、ため息をついた。


「きっとウィレさんの差し金だな」


 過保護気味の婆様のことだ。これぐらいするだろう。むしろ一人だけだったことに驚くぐらいだ。

 シェールになら5人ぐらい付いていても不思議ではない。


 辺りを見回し監視の目がないことを確認してから裏路地へと入った。


――

 

 変身した俺は通りへと戻り歩く。見えてきた魔獣駆除組合の建物は少し周りから浮くほどに小綺麗だった。


 ドアを開け中に入ると正面の受付カウンターが目に入った。その中で若い女の子が犬耳を揺らしながら書類仕事をしている。時折上げる顔の感じだと、ゆるふわ系の美人さんだ。

 きっと厳つい組合員の相手をさせるために雇われている受付嬢だろう。


 左手に顔を向けると食事処らしきテーブルが目に入る。どちらにしても人影は少なかった。


 まぁ、昼前だもんな。この時間なら魔獣駆除組合員は町の外だろう。今日は天気もいいことだし。そんなことを思いながら、俺は組合に来た目的を果たすため受付嬢へと声を掛けた。


「すまん、拠点移動の報告に来たのだが」


 拠点移動。これが今回、組合に来た目的だ。

 全体的に見て魔獣駆除組合員が別の町に行く事はまずない。それは魔獣駆除組合員にも家があり、家族があるためだ。だが稀に何らかの理由――修行や結婚や諍いなど――で町から町へと移動する事がある。

 その時に必要なのが、この拠点移動報告である。


 ただ、これを怠ったからと言って何かペナルティーがあるわけでは無い。それでも実績のある魔獣駆除組合員の有無で肉の流通量が変わる世の中なのだ。いざという時の戦力にもなるしね。

 組合が報告を推奨するのも頷けることだった。


「はーい、ではこちらの書類に……」


 登録用紙だろう一枚の紙を手に顔を上げて受付嬢は固まった。


「…………」

「その用紙に記載すればよいか?」

「……」

「あのー」


 俺が言っても何の反応しない受付嬢。


「龍仮面⁉」


 とつぶやいて、即座に奥の部屋に走り去ってしまった。


「組合長――――海蛇殺しの―――――龍仮面が―――大変――――――――――――」


 奥の部屋で受付嬢が何か話しているが良く聞こえない。というか、『龍仮面』って俺のことなのだろうか? 確かに仮面被っているけど、ちゃんと『クアルレン』って名前で登録しているのだから名前で呼んで欲しい……なんて考えていたら奥の部屋からワーグさんと同じぐらいの巨漢のおっさんが出てきた。


「ほう、お前が龍仮面か。何しに来た?」


 何しにって決まっているでしょ。ここ魔獣駆除組合なのだから。巨漢のおっさんの発言に、少し固まってしまった俺だったけど何とか声を絞り出した。


「……拠点移動の報告だが」


 すると。


「なにぃ! 貴様、ラークレインを拠点にするというのか‼‼」


 大声でがなり立てる巨漢のおっさん。普通の子供なら泣いて逃げ出すほどだ。


「うむ。しばらくはこちらで世話になろうかと」

「なるほど、ならば、俺と立ち会え‼‼‼‼」


 俺を指さしながら意味不明なことをいう巨漢のおっさんに、俺は人を指さしてはいけませんって親から教えられていないのかな? などと考えてしまっていた。

 きっと立ち会えなどという意味不明な言葉に思考が追いつかなかったのだろう。だが、その間にも事態は進んでいく。


 俺は、いつの間にかカウンターから出てきた巨漢のおっさんに引きずられ建物裏手の広場へと連れていかれていた。


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