第16話2.16 取り敢えず規制緩和やってみませんか?
「待ってください。早まってはいけません。落ち着いてください。いいですね」
進学を止めて行商人になる事を両親に伝えようと立ち上がる俺をショーザさんが止める。
「アル様は商人になりたいのですよね。それも直ぐにでも」
俺は半分腰を浮かした体勢で頷く。
「なら商業学部に入るべきです。なぜなら商業学部を卒業していない人は商人になるために10年の下積みが必要になるからです――」
ここまで聞いて、俺は再び腰を落とした。
ショーザさんの説明は続く。
簡単に言うと商人は免許制のようだった。厳密には資格が無いと商店主になれないそうだ。
商業学部を出ていれば、それが免許となり商人になれる。だが出ていなければ最低10年の奉公の上、勤めた商店主の許可がないと独立して商人になれない。
おかげで有能な人なのに資格がなくて従業員で甘んじているなんてことが、よくあるらしい。さらには名義貸しみたいな奴までいて、たまに摘発されているのだとか。元は古い時代の混乱期に続出した闇市を取り締まるための物だったらしいのだが、平時である現在の事情には則さない制度だった。
はっきり言って何だそりゃ⁉ な状況である。
バーグ属領で店が少ない訳が分かった。あの貧乏な陸の孤島で、商業学部に入ろうなんて子供がいるわけがない。ゆえに成りたくても成れなかったのだ。たかだか自分で作った農作物を扱う、なんちゃって商人ですら。だからここで一つ気になった。
「それならルーホール町で開いた自由市は大丈夫なのですか?」
「自由市の件は聞き及んでおります。アル様が提案されたとか。素晴らしい考えです」
「お為ごかしはいいです」
「すみません……。問題ございません。と言うより、問題ないように領主様が商店主として店を出したことになっておりますので。はい。ユーロス様もかなりの切れ者だと噂されております」
「だから、お為ごかしはいらない!」
ほっとした俺の口からこんな言葉が出た。焦った姿を見せて恥ずかしかったのかもしれない。いや、やっぱりショーザさんの笑顔が胡散臭かったからだろう。多分。
そういう事にしとこう。
しかし、まさか商売するのにそんな免許がいるなんて思わなかった。薬や食堂など、なら分かる。日本でも免許制だった。あと輸出入なんかも。でも一切合切含めて免許制とは害が大きすぎる。
「他に商人になるのに、いや、商売をするのに制限はありますか?」
「特にはないですね。強いていうなら、販売する物によっては組合があって入会しないと仕入れが難しいとかですね」
酒とか砂糖とかの話らしい。製造数量が限られているので組合員以外に卸すことは難しいらしい。うんうん頷いているとショーザさんの胡散臭いニヤニヤ顔が目に入った。
「このあたりの話は入学後にあるのですが流石はアル様です――」
だから、お為ごかしはいらない! って口を開こうとしたら急に真面目な顔になって聞いてきた。
「――そんなアル様にお尋ねしますが、このラークレイン、いや、オーバディ紅龍爵領の発展にご助言いただけないでしょうか?」
「助言ねぇ~」
考えるふりをしてつぶやいたが実は、この時、頭の中では『真面目な顔だと胡散臭くない!』と驚いていた。
その後、一応考えてみる――。
そういえば昨日の夕食の時、爺様と父さんが話していたなぁ。今のオーパディ紅龍爵領、景気が悪いわけではないけど税収が増えていかないって。新しい風を入れないと経済が頭打ちだと。
そうなると一番は話の流れ的に商人の免許制度だと思う。日本の自由経済を見てきた俺から見ると無駄に見えて仕方がない。でも、いきなり撤廃は無理だよなぁー。人の意識もついてこないし、なにより、すぐに悪いことする奴が出てきそうだ。バーグ属領の商人組合みたいなのが。
となると段階的撤廃か。具体的にどうするかは今のところでは分からないなぁ。助言だし爺様辺りが考えてくれるだろう……無理なら学園にもっと偉い先生がいるだろうし。
二番目は流通の強化かなぁ。海から馬車で一日のルーホール町でも海の幸がほとんど食べられなかったからなぁ。そのためには街道整備か。お金のかかるやつだ。
俺なら時空理術でぱっと――そうか理術でやれば良いのか。
地球と同じように考える必要ない。理術ってものがあるのだから活用しないと。今度、サクラに合ったら聞いてみよう。でも時空理術は提案できないなぁ。
伝説とか言われている理術だからなぁ。結局、街道整備は必要ということか。
後は何だろうなぁ。新しいことやりたい奴を支援する制度かなぁ。現行でもあるかもしれないけど。いや、無いか。こんな旧態依然な行政ではなぁ。金貸し業があるぐらいだろう。トイチとかあくどいやつが。
まぁこんなものか、と考えをまとめた俺はショーザさんに説明した。もちろん時空理術のところは隠して。
結果、ショーザさんは慌てて出ていってしまう。そして連れて帰って来た爺様と父さんにもう一度同じ話をさせられるのだった。
――
夕食後、私は父さんとラスティさんの三人で酒を嗜んでいた。
「なぁ、ユーロスよ」
「なんですか、父さん。改まって」
「いや……アルはいったい何者なのだ? 今日の話を聞いただろう。あの手の話は、儂も学園の教授どもと話をする事がある。だから、ある程度は分かると思っていた。だが、なんだ、あのアルの話は。街道整備の話しか分からなかったぞ。なんだ規制緩和って。何なんだ。商業助成事業って。12歳が話すことか? 俺があの年の頃なんて、剣を振る事しか考えてなかったぞ」
頭を抱え込んで話す父さんに私は苦笑した。12歳で剣を振ることだけって領主候補としてはどうかと思ってしまったから。
「まぁ、3歳でいきなり敬語使いだした子ですからね。色々おかしいですよ。それからも、ラスティさんが付きっきりで面倒見ていましたし。ねぇ、ラスティさん」
「そうねぇ、色々規格外ではあるわね。知っていた? ビル君やシェールちゃんに剣や理術教えたのアル君だって」
「え、そうなのですか? てっきりラスティさんが教えたものだと」
「私は、基礎の基礎をアル君にだけ。後は、あの子たち勝手に覚えていったわ」
その言葉に、今度は私が頭を抱えたくなった。頭が良いのは分かっていた。自由市を提案してきたときから。でも、それだけでは無かったというのか。
ビルとシェール、いや恐らくユーヤ君とサーヤちゃんもだろう。あの子達の剣や理術も色々おかしいのは、アルのせいなのか。本当に何者なのか、問いただしたくなる。
「まさか、先導者か……」
私が口を開くより先に父さんのつぶやきが聞こえた。先導者、遠い昔、神の導きに従い理術を発展させ一大文明を構築したという存在。
そして後に――
「待ってください。父さん。先導者は、先導者は人類を滅亡寸前まで追い込んだ人物ですよ。魔王と呼ばれた人物ですよ。アルがそんなことをするはずが無いでしょう……」
言うに事欠いて歴史上最悪とされる人物と比べるなんて父さんといえども許せない! と憤っているところにラスティさんのくすくす笑く声が聞こえた。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。確かにアル君、伝説に残る先導者と似ているところがあるかもしれないわ。エクスト君が言うように。でもどうかしらね、人類滅亡なんて大それたことできるかしら、シェールちゃんに睨まれて目を逸らしているようなアル君が」
「確かに」
「無理だ」
私と父さんの返事は早かった。それだけ、ラスティさんの言い分には真実味があった。
なにしろ、あの時折見せる――私ですら躊躇する――シェールの鋭い眼光に、たじたじになっているアルを何度も見ているから。
「どちらかというと、シェールが魔王ですね」
「おい、かわいい孫娘を魔王とは何事だ。いくら父親でも許されんぞ」
その後は穏やかに酒を酌み交わした。
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