第13話2.13 こうでもしないと進めないのです
「こうしていると、ルーホール町の自由市歩いたこと思い出すわね。手を繋いで歩いたあの道を」
商店街をぶらぶら歩いているとラスティ先生が俺の顔をチラチラ見ながら話しかけてくる。
「ラスティ先生、何と言われても手は繋ぎませんよ」
「えー、いいじゃないの。けちー」
皆と別れてからというものラスティ先生ずっとこの調子だ。中身が大人だと知っているのに、いや、知っているからこそか? どちらにしてもちょっと面倒くさい。と若干眉根を寄せながら歩いている俺だったが――
ものの数分後には俺達は手を繋いでいた。それも腕まで絡めた恋人つなぎをだ。
なぜこんなことになったかと言うと、こうでも、しないと前に進めなかったためだ。
暑くなったわ、と少し胸を強調する薄着になったラスティ先生に群がる男たちのせいで。
群がる男達、見た目は本当に真面目そうな人だった。
それなのに昼間の往来で。
「俺とどうだい、とか、俺は一晩で10回は行けるぜ」
とか
「森のねえさん、僕の初めてを貰ってください」
とか言ってくる。中には言った端から隣の女性に頭叩かれている男までいるのだ。
いったい何がそうさせるのか意味が分からなかった。
しかも、この手の男が商店街を進むごとに増えてくるのだ。ぞろぞろと俺達の後ろを歩く男たちに、いい加減嫌気がさした俺は諦めて先生に手を差し出した。
繋いでいいですよと。
俺の提案にラスティ先生は過剰なほど反応した。ただ手をつなぐだけだと思っていた俺の思惑など関係なしに体全体で俺の腕を絡め取ったのだ。
体を密着させた恋人つなぎは効果抜群だった。とどめに。
「私この人じゃないと満足できないの」
という頬を染めて放った意味深な発言と相まって渋々男たちは離れていった。
俺の顔を物凄い顔で睨みつけたり、あからさまな舌打ちを俺に向けて放った後で。
理不尽な悪意に俺はラスティ先生から離れたくなったが、それは無理だった。
男たちは離れてはくれたけど、後ろを付いて来ていたから。
仕方なく、べったりと体を寄せ合いながら歩いた。
とっても歩きにくいけど。
遅々として進まない足取りで俺達は気になった店を見て回った。
商店街の大通りにある店は、どこも明るく清潔で店員も愛想よく対応してもらえた。女性店員からは。
加えて言うと店頭陳列の品揃えも豊富だ。
もちろん宝石や理具のような高級品店の陳列品数は少ないが、そういう店は客の要望に応じて出てくるみたいだった。
実際に理具店では必要な機能を告げると見せてもらえた。あと服屋も既製品は少なめだった。
オーダーメイドが基準なようだ。聞けば服を作るのは技術と手間がかかる仕事ということで、たとえ販売機会を逃したとしても在庫を持つよりはまし、だそうだ。
大通りに面した店を大体見終わった俺達は横路地の方へ眼を向けることにした。
横路地といってもたいして変わるわけでははい。少し価格の落ちるものが売られている店が並ぶ場所であるはずだった。
だが俺は、その横路地の奥で変な物を見つけてしまったのだった。恐らく看板のつもりなのだろう、『何でも売ります』とだけ書かれた木の板が掲げられた多分、店を。
気になった俺は路地に入って該当の建物の前に立つ。
「薄汚れている……」
「汚い」
俺と先生、二人の率直な感想だった。建物がボロいわけでも掃除が行き届いていないわけでも無い。ただ、人が出入りしていないというか、人が近寄りがたい雰囲気を出しているのだ。
だがなぜか無視できないと感じる俺がいた。だから少し迷ったけど入ってみることにした。
「こんにちは」
薄汚れたドアを開けて中を覗くと店内は薄暗く、商品を置く棚すらなく、ポツンと一つカウンターがあるだけだった。
そこに近寄りもう一度、こんにちは、と呼びかける――が返事はない。
俺が留守なのかなと思ってキョロキョロしていると、ふっとカウンターの中で動く物があった。なんだろうと首を動かして――
「うぉ!」
俺は仰天した。いつの間にかカウンターの中に灰色のローブを着てフードを目深に被った何者かが座っていたからだ。
店内に入り少し離れていたラスティ先生も驚いたのだろう、怖いの駄目なの、と言いながら背後から全力で俺に抱き着いている。おかげで後頭部に暖かく柔らかいものを感じてしまう。
その結果、俺は少し落ち着いた。
「いらっしゃい、何を、お探しですか?」
そのやり取りを見ていただろうローブの人、わざとらしく口元をにやりと歪ませおどおどしく問うてくる。どうやら怖がらせようとしているらしい。
だが落ち着きを取り戻していた俺には、バレバレだった。
薄暗さと怪しい恰好、後は口調か、分かってしまえばなんてことはない脅かし方だった。
俺は極めて冷静に返事をする。
「外の看板? には、何でも売りますとありましたが、どういう意味でしょうか?」
「くくく、文字通り、何でもだ。対価は頂くがな、ははははは」
「あ、いや、もうそういうの良いので、ちゃんと教えてください」
しつこく怖がらせようと低い声で話をするローブの人にあきれた感じで返すと、ふむ、つまらん、と言ってフードを取った。
フードの下から現れたのは50歳ぐらいの細身のおっさんだった。
「こんにちは」
俺は改めて挨拶をする。
「ああ、いらっしゃい、何をお探しですかな?」
今度の口調は普通だ。最初からやれば良いのにと思うけど何か思惑があるのだろう。俺は、またまた改めて聞く。
「この店は、何を売っている店ですか?」
「ふむ、ぶれないな。普通は怖がったり、怒ったりするものなのだがな。……まぁ、看板通りだ。客の望むものを何でも用意する店だ」
「何でもですか。それなら、世界が欲しいと言われれば?」
「世界か、用意しよう。しかし世界の対価となると世界しかないが、良いか」
ローブの人の返事に俺は頭を抱えた。禅問答かと。一休さんかと。
「分かりました。俺には用のない店でした」
「ちょっと待ってくれ。久々に面白そうな客だ。茶でも出すから話を聞いて行ってくれ」
帰ろうとする俺達をローブの人は呼び止める。けど俺はこれ以上関わりたくなかった。だからわざと意地悪な言葉を返す。
「話を聞く対価は、なんですか?」
「話の対価とな?」
「そうです。話をするという事は俺の時間と情報をあなたに渡すという事です。その対価はなんでしょうか」
「話の対価……ははは、対価、話の対価、なるほど、そうだな、ははは、素晴らしい、やはり私の目に狂いはなかった。こんなに愉快なのは久しぶりだ」
何かは分からないけど俺はおっさんのツボを押してしまったようだ。
一人手を広げ笑うおっさんに気味が悪くなった俺は、さっさと店を出ることを選んだ。
帰り道、結局俺も禅問答みたいなことを言ってしまったと少し反省した。
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