第33話1.33 ワーグさんは戦闘狂……ではないようです
見える範囲の海蛇を蹴り殺したところで、追加の海蛇は現れなくなった。粗方の海蛇は倒したようだった。それでも隠れている奴がいるかもしれないので、と用心して川から離れた所でラスティ先生を下ろす。
後で見回りが必要だな、と考えているところで声が掛かった。
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をしながら礼を言うラスティ先生。そんな今まで見たことない様子のラスティ先生に俺は、どぎまぎして手をあたふたしまう。
そんな挙動不審な俺のことなど全く気にせず、ラスティ先生は言葉を続けた。
「助けていただいた上で誠に恐縮なのですが、お願いがあります。私の仲間も助けていただけないでしょうか?」
自らの両手をギュっと握りしめ懇願するように目を向けるラスティ先生を見て、俺はふと思った。
そういえば、ワーグさんはどこだ? と。
確か、走り抜けて! ってラスティ先生言っていたから、橋を渡っていったのだろう。そう考えて橋を渡った先をずーっと見て行っていった先で、未だ戦っているワーグさんを見つけた。
「うぉぉぉぉ!」
ワーグさんの叫び声が聞こえる。やたら元気そうだった。あれかと指を差しながらラスティ先生の方へと顔を向けると、先生も首肯する。
「分かった。助けがいるかは不明だが、見て来よう。らぁあ、あなたは、村の外に避難所があるから向かってくれ。」
「はい。行ってきます」
元気そうなワーグさんを見てちょっと気が抜けていたらしい。しっかり返事をしてくれた。
それに、また名前を呼びそうになったこともラスティ先生は気にならなかったようだ。
よかった。
ラスティ先生が歩き出すのを見送ってから、俺は橋を渡りワーグさんのところに行く。そこではワーグさんと海蛇の一騎打ちが繰り広げられていた。
斧を振りかぶり切りつけようとするワーグさん、その斧を牙で受け止めはじき返す海蛇。どれほど繰り返したのだろうか、流石のワーグさんも肩で息をしていた。
そして、とうとう座り込んでしまうワーグさん。敵の前で⁉ と驚くかもしれないけど、これが何と問題ないのである。なぜなら海蛇の胴体はすっぽり岩に嵌って動けなくなっていたのだ。おかげで攻撃範囲は物凄く狭い。
何とも間抜けな光景だった。
「あのー、大丈夫ですか?」
俺は恐る恐るワーグさんに尋ねる。
「お、援軍か。うむ、大丈夫と言えば大丈夫だ。アイツは動けないからな、がははは」
豪快に笑うワーグさんに、俺は少し呆れつつ聞いてみた。
「俺が倒しても構わないですかね?」
「ん? おお良いぞ。やってくれ。儂も久々に暴れてちょっと疲れたし、本来の仕事も気になるのでな。一気にやってくれ。がははは」
「分かりました、では」
てっきり、俺の獲物だ。手を出すな! とか言い張るかと思ったけど、ワーグさんって戦闘狂では無かったのか。などと思いながら、腰の刀に手をやり抜いて戻す。
これで終わりだった。
「お疲れさまでした」
海蛇の頭がぱっくり切れたのを確認してから、挨拶をして来た道を戻ろうとしたら、頭をバリバリ掻くワーグさんに呼び止められた。
「おいおい、待ちなよ。お前さん何者だ。いくら身動き取れないからって、あの海蛇を一刀両断とはな。この辺りの魔獣駆除員なら大体知っているはずだけどな」
じっと俺の顔の辺りを覗き込むワーグさん。仮面の下の素顔を探っているのかもしれない。
「ただの旅人です。魔獣駆除員ではありません」
「なるほど、旅人かい。どおりで知らないわけだ。それでお前さん、これから何処へ行く」
「スタグの町へ。あちらにも海蛇が出たそうなので」
「そうか、それなら急がないとな……と、町の方が終わってからでもいつでもいいからよ、この領地の領主様のところに俺、ワーグを訪ねに来てくれ。今回の魔獣の代金を渡すからよ。それじゃ、呼び止めて悪かったな」
ニカっと笑って右手を出すワーグさん。握手ってことだろう。俺も握り返して、では、と先を急いだ。
俺が転移理術でスタグ町へ着いた頃には、海蛇は退治されていた。海蛇の弱点が火と判明したようで、多数の火の理術の使い手により難なく倒されていた。
それでも多数の船や港の設備などは破壊されており、元通りになるには時間がかかりそうな様相だった。
海蛇が大丈夫なら、と俺はもう一つ気になる場所へと足を延ばす。その場所とは、商人組合組合長の商家だった。
「と、父さん……」
海蛇など全く入ってこない内陸に存在しているにもかかわらず、なぜか大慌てで右往左往する従業員たちに、怪しさを感じた俺は、隙を見て店に忍び込む。すると見えてきたのは、今朝の会談でヘコヘコと頭を下げていた、元組合長の無残な姿だった。
そんな元組合長の端で座り込む、壮年の男性。つぶやく言葉から、元組合長の息子なのだろう。
「いったい誰が……」
そんな息子のつぶやく声に答える人がいた。中々、上等な服を着ているところから見て、この商家の番頭といったところか。
「領主様の仕業では?」
「そんな筈はない。父さんは、罪を償った。職も辞した。罰金も払った。殺される謂れなどない」
「ですが、他に大旦那様を殺したいほど恨む方など……」
「なればこそだ。領主様が殺したいほど恨んでおられたのなら、なぜ死罪を申し付けなかった。それすらも、可能だったはずだ。だが、あの方は、別の方法を取られた。死ぬよりも生きて償えと仰られた、と私は思っている」
「ならば、いったい誰が?」
「分からない。本当に……」
項垂れながら首を横に振り続ける壮年の男性の様子から、この人は暗殺者と無関係だな、と判断する。そのまま、その光景を眺めていたら馬車に設置していたドロボッチから警告が入った。
これは、いつも俺が書庫から姿を消すときに使っている理具だ。部屋に入ろうとする者がいる場合に連絡をくれるという効果を持つ道具だった。
他にもキソラースという一定範囲の人の気を逸らす理具を併用している。
そのドロボッチから警告が来るということは、誰かが馬車に近付いているということだった。大慌てで馬車に転移して装備を脱いで収納する俺。すべて終わって一息ついたところで、馬車の扉が開かれた。
「アル君」
俺の名を叫びながら入って来たのは、ラスティ先生だった。
「アル君、アル君、アル君」
ひたすらに名を呼びながら抱きしめ撫でまわすラスティ先生。体が少し震えていた。現場では気丈に振舞っていたけど、実際にはかなり怖かったのだろう。確かに俺があと一歩遅ければ命が無かったかもしれない戦いだった。
だから俺は何も言わずただ受け入れることにした。
どれぐらいそうしていただろうか。撫でる手を止めた後も動きを止めてぎゅっと抱きしめてくれていたラスティ先生。そっと体を離し俺の顔を見ながらゆっくり口を開いた。
「……ただいま」
「おかえりなさい。ラスティ先生」
俺が笑顔で返すと、ラスティ先生も涙でぬれた真っ赤な目ではにかむような笑顔を見せてくれた。
そのまま見つめてくるラスティ先生。何か言いたげに口をもごもごさせている。俺ももごもごの内容が気になって目が離せない。そしてラスティ先生が決意を込めた顔になり、いざ、口を開いたところで馬車の外から声が掛かった。
「お、ラスティ。こんなところにいたのか。ちょっと怪我直してくれよ。って、なんだ、泣いているのか。食べ過ぎて腹でも痛いのか? がははは」
デリカシーのかけらも感じられないワーグさんだった。この発言にラスティ先生、顔から笑みが消え、さっきまでとは違う感じで震えだしていた。
その後、ワーグさんに風の矢が降り注いだのは言うまでもない。
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