第2話1.2 目が覚めたら美女に囲まれていました

1.2 目が覚めたら美女に囲まれていました


「ラスティ! それじゃ、アルはこのまま目を覚まさないって言うの!」

「ああ、5日前に眠りに入ってから一度も目を開けていない。可能性は考えておいた方がいい」

「嘘よ。うそ。体には何の異常も無いのよ。ねぇ、ローネ」

「ええ、何の異常も無いわ。ただ、目を覚まさないだけ。でもこのままでは衰弱して……」

「……嘘よ! みんなして私を揶揄っているのね。ねぇ、そうでしょアル。あなたも寝たふりしているだけよね‼」

「カレン止めて! アル君を揺すっては駄目‼ 絶対に駄目よ‼‼」

「離してラスティ‼」


 ぼんやりとした意識の中で、俺の耳に届いた言葉だ。


――どうやら、アルって子が目覚めないらしい。誰だろう?


 ゆっくりと考えていると、何だか不思議な場面が頭に浮かんできた。

 自分の葬式を眺めている場面が。


――そういえば俺って死んだっけ?


 え? 死んだのに意識がある。デジャブ?

 既視感を覚えた俺は古い記憶へ意識を向けじっくりと探り始める。

 やがて思い出してきた。


――ああ、死んでカノンさんに会って……そうか、転生したのか……


 ということは……ひょっとしてアルって――俺の新しい名前だった‼‼


――やばい! 俺、死んじゃうの? 記憶戻ったばかりなのに⁉


 慌てて体を動かそうとするが手も足も瞼ですらピクリともしなかった。

 

――やばい、本気マジでヤバい‼‼‼


 全身全霊で、それこそ死に物狂いで、最も簡単に動かせそうな瞼に集中すること数分。ようやく、右目の瞼を微かに動かすことに成功した。


――よし、行けそうだ!


 右瞼の感触で肉体の動かし方を、ほんの少しだけ理解した俺は左右の瞼を開けることを目指す。


 結局、数十分して両目を開けることに成功した。けど、たったそれだけで疲労困憊だ……。

 

 一休みがてら、目だけを開けた――まだ、眼球は動かせない――俺は目に映る情報だけで自らの状況を確認する。どうやらベッドに仰向けの状態で寝かされているようだった。

 そんな俺の視界にさっき話をしていた3人の姿が目に入る。その姿は。


――うぉ! 全員すっげー美人だ‼


 3人が3人とも前世では画面の中でしか見られない、動かない眼球を無理やり動かして真正面から見たくなってしまうほどの容姿をした女性たちだった。

 その中の明るい青色の髪を持つ女性が、スレンダーな金髪美女の胸に顔を埋めてワンワンと泣いている。その女性は、俺の記憶の中の母親だった。


――母さんが、母さんが、俺のせいで泣いている……駄目だ!


 瞬間! 

 自分が死ぬかもと思った時とは比べ物にならないぐらい力が湧いてきた。

 

 手よ動け! 足よ動け‼ 口よ動け‼‼ 体よ、う、ご、けぇぇぇーーーー‼‼‼‼‼‼


「ゖぇぇぇぇぇぇええええええーーーーーー‼‼‼‼‼」


 無我夢中で体を動かそうとした結果、ベッドの上で立ち上がって叫んでいた。


「アル⁉」

「はい。母さん!」


 涙目で俺を見ていた母さんが俺の名を呼ぶ。俺も、その声に答える。

 母さんは弾けるように飛びついてきて俺を抱きしめた。


「アル、アル、アルゥゥゥ!!!」

「はい、はい、母さん‼」


 滂沱の涙を流しながら母さんが俺の体を撫でまわす。


 結局泣かせてしまった。でも今は嬉し泣きのはずだ。悲しみの涙に比べれば何万倍いいか分からない。

 俺は母さんの綺麗な青髪をそっと撫でる。気付けば他の二人の女性が俺の顔を覗き込んでいた。


「ラスティ、何が起こったと思う?」

「分からないわ。でも、問題なさそうね。意識もはっきりしているし。カレンを母親だと認識しているから記憶も問題なさそうだし。でも……アル君、一つ質問」


 俺を覗き込んでいた一人、長い金髪を横結びにした碧眼の美女が人差し指を立てて聞いてくる。

 俺はその立てられた人差し指よりも美人さんの長い耳から目が離せなかった。

 おかげで。


「何ですか? 長寿で年齢不詳な森人族のラスティ先生」


 聞かれてもいないのに種族まで付けて返してしまった。だが問題なかったようだ。


「あら、私の名前を聞こうと思ったのだけど、先に言われてしまったわね。言わなくていい年齢のことまで。じゃ、私の職業は?」

「ぜ、ゼロス兄さんの先生です」


 年齢不詳と言われるのが嫌だったのか、ちょっとむっとしたラスティ先生に言葉を詰まらせながら答える。彼女は答えが正しかったことに満足げな表情を浮かべた後、続けた。


「うん、じゃ次ね、隣の彼女の種族と名前は?」

「えっと、狐獣人族のローネさんで、ユーヤ兄とサーヤのお母さんです」

「大丈夫そうね」


 名前を呼ばれたローネさんが真っ白な狐耳をピコピコ動かしながら笑みを浮かべ、俺の頭を撫でてくる。くすぐったくて目を閉じていたらもう一つ撫でる手が増えた。薄目で確認するとラスティ先生だった。

 

 美女3人に囲まれて抱きしめられたり頭を撫でられたり役得だなぁ、などと考えていると一つの手が止まった。


「アル君、表情が何ていうか……おっさんみたいだよ?」

「え⁉ そうですか、疲れが顔に出たのかな? 全力で体動かしたし……」


 いきなり中身が、おっさんだとばれた⁉ と適当にごまかしたら駄目だった。


「疲れ⁉ いけないわ。すぐに横になって。ローネ、見てあげて」


 母さんの過剰反応によって俺はベッドに寝かされてしまう。

 サービスタイムは終了した。

 

―――


「母さん?」

「なあに、アル?」

「えっと、何しているの?」

「もちろん、アルを見ているわ」


 ベッドに寝かされた俺を母さんが真横から見つめてくる。この状態になって、かれこれ2時間は経過していると思う。

 ちなみにラスティ先生とローネさんは、それぞれする事があるようで部屋から出て行った。


――心配しているのは分かるけど……


 今生では母さんだが記憶の戻った俺から見ると若くて綺麗な娘さんだ。そんな雰囲気の女性に見つめられると極めて居心地が悪い。

 何とかならないものか、と頭を悩ました末に出たのは。


「お腹すいた」


 そう、空腹を訴えることだった。

 

――まぁ、実際腹減ったし


 言ってから気付いた事実ではあるが、話では5日も寝ていたというから腹が減らないはずがなかった。


「大変⁉」


 母さんが慌てて部屋から飛び出していく。ようやく一人になった俺は大きな息を吐いてから、ある作業へと入った。

 それは。


「体の大きさは……3歳ってこんな大きさだったかな? ちょっと小さくない?? でも許容範囲か……」


 自分の状態を確認することだった。


 生まれてから3年の記憶は一応あるようだった。

 ただ、目や耳から垂れ流しで入って来た――うとうとしながら見ていたテレビみないな――情報なので、ちゃんと思い出せるのは最近数か月ぐらいだ。

 その情報と今の身体で齟齬がないか確認する。


「指の数も5本だし、目も二つ。耳の場所も長さも普通。小さいながらも股間には付いてるし、尻尾も鱗も無し。普通の丘人族、しかも男性と同じとみて間違いないな」


 と一人胸をなでおろす。

 いや、男でよかった。カノンさんと話をしたとき、性別については何も言わなかったから心配だった。

 体は女性、心はおっさんだと何かと苦労するからね。


 ちなみに、丘人族ってのは地球で言うところの人間だ。環境適応性と繁殖力が強くてどこにでもいる種族だと脳に残っている情報が教えてくれる。

 地味に、この種族であることも俺にとっては嬉しい。尻尾があったり羽があったり、腕が六本あったりしたら、それはそれで大変そうだから。


 一安心しているところでドアが開いた。


「アル~。起きてるわよね⁉」

「はい。起きてます」


 入ってきたのは母さんだった。ちょっと離れただけで心配になったようで、俺が動いているのを見て安堵の息を吐きだしている。

 そんな母さんの手には湯気の立つ皿の入ったトレイがあった。


「おかゆ作ってきたから食べよっか」

「はい!」


 美味そうな臭いが俺の鼻をくすぐる。俺はトレイに乗っているスプーンに手を出そうとしたが、手の動きは遅く、スプーンは母さんに奪われた。



「ふぅー、ふぅー、はい、あーん」


 おかゆに息を吹きかけてから母さんがスプーンを差し出してくる。俺は何とも言えない気分になった。

 スプーンを差し出しているのは自らの母親だ。分かっている。ここで普通に食べたところで気にする事なんて何もない、はずだった。


――でも、恥ずかしい。


 なぜか、と思ったら中身が大人だからだった。おっさんではなく!

 親とか関係なく、大人がアーンされたら恥ずかしいということだった。


「アル、もしかして食べられないの⁉ 気持ち悪い⁉」


 俺がスプーンを口に入れるべきか葛藤している間に、母さんの顔に悲しみに満ちていく。

 これ以上心配させてはいけない、と覚悟を決めた俺は恥ずかしいのを我慢してスプーンを口へ入れた。



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