第9話 神社巡りは続くよ、どこまでも。

 イヅミが奪った玉の中には陶器の鍵が入っていた。


「ご主人たちといれば安心だと思ったのに! 猫忍も手段を択ばないわね!」

 ハナちゃんはびっくりさせられたせいで、相当怒っている。

「でも、なんなんだろう。敢国神社の猫忍は鍵をくれたし、大村神社の猫忍はオレたちの邪魔をしようとした」


「あれは邪魔をちようとちたんじゃなくて、あたちたちの鍵を奪おうとちていたのよ」

 イヅミがじろりと俺をにらむ。

「“猫の宝”は長年忘れられていたけれど、あたちたちが動いたせいで、本当にあるんだ、と猫忍たちも思うようになった。だから、あたちたちよりも早く手に入れたいと思うやつがでてきても、おかしくないんでち」

「さっきの野良猫集団も“猫の宝”目当てだったってこと?」

「藤原千方には埋蔵金伝説もあるでち。あいつらは家がないから、金がほしいんでち。猫に小判ということばも知らない未熟者でち」


 でちでち言いながら、イヅミは難しいことをよく知っている。仙太郎からずいぶん仕込まれたんだろう。でも、言葉だけはいつまでたっても幼い。もう子供時代は過ぎていると思うのだけど… 小さいうちに避妊をしたせいかもしれない。

「にぃやん、余分なことは考えないでち」

 イヅミはそっぽを向いて眠ってしまった。


 車は、県道39号線を南下している。羽根で青山高原へと向かう狐川の本流と別れ、狐川にそそぐ最大の支流・前深瀬川に沿って進んでいる。しばらく進むと、また車がわき道にそれる。そこにも、小さくひなびた神社があった。

「種生神社。ここに、千方を討った紀朝雄(友雄)が祀られているんだって。元々は別の場所に神社があって、明治の終わりにここに合祀された。特に偲ぶものもないけれど、謀反した将軍を討った征伐使なのに扱いが小さいよね。お詣りだけしておこう」

 そのすぐ南には、兼好法師が晩年を過ごしたと伝わる場所があり、遺跡公園になっている。ご主人たちは兼好法師は京都の人だと思っていたらしく、「そうなんだ!」ときゃぁきゃぁしている。ここから今日の宿までは直進ですぐなのだが、道路が不通となっているらしく、ぐるっと遠回りをする。ここでようやく登場するのが、「伊賀コリドールロード」。コリドールは「回廊」という意味で、伊賀市をぐるっと囲むドライブ道らしい。最初からこの道を走れば千方窟まで2時間弱でこれたのに、ご主人の趣味のため、倍以上の時間がかかっている。…まあ、そのおかげで鍵を手に入れられたのだけれど。


 このう回路でも、ご主人は神社に立ち寄った。どれだけ神社が好きなんだろう。

「向こうに見えるのが、名張川に設けられた比奈地ダム。観光名所にもなってるけど、今日はスルーで… 来たかったのはここ、赤岩尾神社なんだ。忍者にゆかりの地ということで、忍者回廊の御朱印巡りもしているみたいだね。藤原千方が戦勝祈願をしたといわれていて、ご神体の奥にある“風穴”が千方の城に通じているといわれているんだ」


 風… ということは。俺たちの思惑も知らず、ご主人たちはご神体の屏風岩を見て、またきゃぁきゃぁ言っている。確かにすごい迫力だ。柱上の岩がびっしりと並んでいる。人間の磐座信仰というのもこの圧倒的な迫力から生まれたものなんだろう。このご神体のさらに奥に、風穴があった。大きな岩石が積み重なり、そこにぽっかりと穴が広がっている。風が常に吹いていて、この奥は千方の城跡に続いているのだという。


 そしてやっぱり、風穴の中から、一匹の老猫が現れた。茶トラのオス猫だ。

「もう気づいておるな。ほれ、風の鍵をやろう」

「猫忍たちの情報網はすごいな。ご主人の気まぐれで立ち寄っただけなのに、いつでも先回りされている」

「諜報活動がすべてじゃからの。して、儂はお主らの邪魔をしようとは思っておらん。だが、答え次第では、鍵をやるのをやめる。お主らは“猫の宝”を得て、どうするつもりなんじゃ?」

 イヅミがじっと俺の顔をみている。ハナちゃんは懲りずにご主人と一緒だ。

「“猫の楽園”があるのなら、どんなものか見たいだけだよ。おじいさんは、どんなところだと思う?」

「ふぉっふぉ。質問返しか。…この神社は、社殿がないじゃろう? 祭りの時以外、訪れる人も少ないんじゃ。それでも、人が訪れればここに祀られた神様も上機嫌になる。静かに生きている野生の生き物も、少し張り詰めた空気になる。はるか以前、人と一緒にここに来た儂も、少しうれしい気分になるんじゃよ。お詣りに来てくれてありがとうと、ご主人に伝えておくれ」

 そう話すと、老猫は俺の手に玉を渡し、また風穴の中に消えていった。


「猫は自分だけではこんな山の中に来ないからね。あのおじいさんも、昔は誰かと暮らしていたんだね」

 ご主人と一緒に風穴に来たハナちゃんが、そう言った。確かに。俺たちの仲間は、いつでも人の生活の近くにいる。俺たちの種類はこの国では野生種がいないらしいから、野良猫だって、ずっと祖先を辿っていけば、いづれ誰かの飼い猫になるんだろう。

「“猫の宝”、“猫の楽園”か… どんなもんなんだろうな…」

俺たちはまた車に戻り、旅をつづけた。

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