第8話 邪魔するもの

 敢国神社を後にし、一路南へ。とはいかず、ご主人はわざわざ遠回りをして、伊賀上野城の周りをぐるりと一周した。


「何度来ても、伊賀上野城はすばらしいね。天守閣は昭和になってからの再建だけれど、藤堂高虎が築いた石垣の美しいこと。さすが、築城の名手」


 藤堂高虎は、江戸時代を通じて伊賀・伊勢の国を治めた藤堂藩の初代。築城の名手として知られ、関ヶ原の戦い後の1608年、大阪陣営に備える形で伊賀上野城を築いた。この地を治めるからには、ということで、徳川藩の諜報活動を一手に担っていたとか。伊賀・甲賀の忍者を統率し、情報収集をさせる、忍者の元締め。ご主人がぺらぺらと話すのをふんふんと聞いている横で、ハナちゃんは大あくび。


「猫に御託は無用よね」


 ぼそっとつぶやく。


 国道422号線を延々と南に進む。つかず離れず、狐川が横を流れている。


「狐川っていうのは、基本、南から北へと流れる箇所が多いんだよね。京都市内は北から南へと流れる川が多いから、最初は戸惑ったよ」


 と、ご主人。国道165号線と合流すると、さらにご主人のテンションはあがる。


「165号線! この道は、昔の“初瀬(はせ)街道”に沿った国道で、奈良県の初瀬(長谷寺のあるところだね)、それと三重県の松坂を結んでいる。かつて壬申の乱の際には、あの大海人皇子・天武天皇も通り、歴代の斎王が伊勢神宮に向かった道であり、たくさんの巡礼者が行き来していた歴史ある道なんだ。本居宣長もこの道を通って、長谷寺、そして飛鳥や吉野の方に出かけたそうなんだよ。歴史ある道が今も生き続けていて、その空気を感じることができるなんて、これぞ歴史ロマンだよね」


 ハナちゃんはすっかり熟睡だし、イヅミもうとうとしている。これは… と思っていると、案の定、ご主人の車は東へハンドルを切った。


「 この先に、地震の神様として信仰されている大村神社という神社があるんだ。ちょっと寄ってみよう」


 うっそうとした森のなかに、こぢんまりとした社殿が鎮座している。祀られている「大村の神」というのは垂仁天皇の皇子で、伊勢神宮を祀ったヤマト姫の弟にあたるらしい。


「今ではこのあたりは不便な山の中と思われがちなんだけど、かつては交通の要衝だったんだよね。歴史も深いし、今回は忍者を求めてやってきたけれど、いろんなテーマで回れる場所だよね」


 またも感慨深そうなご主人。そのとき、ずっと黙っていたイヅミが口を開いた。


「用心するでちね」


 イヅミの顔を見ると、薄目を開けて森の奥の方をにらみつけている。


「誰かがあたちたちを尾けてきてる。…にぃやん、さっきの猫忍になんかもらったでちね?」


 そういえば、敢国神社の猫忍が、別れ際に小さなボールをくれた。ハナちゃんが遊びそうだったので、俺が隠していたのだ。


「それはボールじゃなくて、猫忍の道具。中になにか入ってるでちよ」


 確かに、振るとかちゃかちゃと音がする。そういうボールをご主人がよく買ってくるので、そういうおもちゃかと思っていた。歯で玉をかじりあけると、中から小さな金属の鍵が出てきた。ずいぶん古びて錆びている。


「ご主人は主祭神のことばかり話していたけど、敢国神社には、金属の神様も祀られているんでち。この鍵は、金鬼を封じる鍵でち」


「イヅミがなんでそんなこと知ってるんだ!?」


「猫忍の常識でち。じゃなくて、父やんに教えてもらったでち」


「じゃあ、後の風鬼、水鬼、隠形鬼の鍵を集めたらいいってことか!」


「にぃやんは単純でち」


 猫忍というのは、どうも本当に口が悪い。その時、ぎやーーーっという叫び声が響いた。ハナちゃんの声だ。ハナちゃんはご主人にべったりくっついて、本殿でお詣りをしていたはずだ。(ハナちゃんの叫び声はご主人たちには聞こえていない)


 慌ててハナちゃんとご主人がいる本殿へ行くと、そこには何十匹もの野良猫がいて、その真ん中にご主人たちがいた。野良猫たちはご主人を威嚇している。イヅミが俺のおなかを突っつき、「あそこにいるのが元締めでち」と前足を指した。見ると、拝殿の隣にある要石社の屋根の上に、大きな煤けたグレーの猫がいた。片方の目がつぶれた、隻眼の猫だ。


 俺とイヅミは野良猫たちの後ろをそっと通り抜け、隻眼の前に立った。


「あそこにいるのは、俺たちのご主人なんだ。襲わないでくれないか?」


 隻眼は、つぶれただみ声で答えた。


「ここで帰るというなら、それで許してやる」


「どうして帰らなきゃいけない? 目的地はまだ先だから、帰れない」


「帰れといっている。この先に行っても、お前たちの求めるものはないよ」


「求めるもの? “猫の宝”のこと? “猫の宝”は、猫の楽園のことなんだろう? だったら、どの猫にとってもいいものなんじゃないのか?」


「お前たちにとっての楽園が、オレたち山の猫の楽園にはならない、と思わないか?」


「なるかもしれないよ?」


「つべこべいわずに、ご主人を守りたいなら帰るんだな。それくらいの術は使えるだろう」


 急に目の前に煙が立ち込めた。目が痛くてクラクラしていると、ぐいっと腕を引っ張られた。


「にぃやんはつべこべ多いでちね。でも、そのおかげで、あいつの持っていた玉を取れたでち。あとはさっさと車に乗り込むでちよ」


 見ると、野良猫の群れのなかで煙が焚かれていて、社務所から人が出てくるところだった。よくわからないが、イヅミが煙玉を使って、俺が元締めと話している間に、元締めが持っていた玉を取ってくれたらしい。どれだけすごい猫忍なんだ、イヅミは。

 慌てて猫たちは逃げていく。

 ご主人は社務所の人に事情を聴かれ、しどろもどろに答えていたが、なんとか誤解が解けたようで、車に戻ってきた。


「あの猫の群れはなんだったんだろう… さて、そろそろ先に進まなきゃ。まだまだ先は長いんだ」

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