第5話 四鬼への旅
修行に次ぐ、修行の日々。仙太郎の甘言に誘われるまま、俺とハナちゃんは、ご主人がいる間は猫として遊び、ご主人が留守中や眠っている間は猫忍として修行を重ねた。
人間と言葉を交わせる術を身につけるのは、少し大変だった。言葉を交わすといっても、直接には当然話せない。だから、昼間にいっぱいしゃべりかけておいて、後で夢を見てもらうのだ。夢の中ではご主人の言葉が猫にもわかる。でも、油断していると聞き取ることを忘れて眠ってしまうので、意識を保つことが大変なのだ。
集中力のある俺は、なんとかご主人と会話ができるようになった。でも、欲求が強いハナちゃんには、この技は無理というものだった。
「ご主人と一緒に眠った方が気持ちがいいし、楽しいわ」
その通り。でも俺は、猫の宝が気になる。
何度かの他愛ない会話を成功させた後、俺はご主人に先日の平安貴族の話をしてみた。朝廷に謀反を起こした、四匹の鬼を操る貴族。歴史好きのご主人は、「藤原千方の伝説か」とすぐに答えた。
「僕もあまり詳しくは知らないけれど、『太平記』にある藤原千方の話じゃないかな。平安時代の初期にいた青年貴族で、四匹の鬼を使って朝廷に謀反を起こしたとか。でもそれ以外は詳しく知らないな。また調べておくよ」
そしてご主人は、律義に調べてくれた。
…藤原千方は藤原氏の青年貴族で、当時の政治に異を唱えたために、伊勢街道の群盗鎮圧の名目で伊賀・奥伊勢へと左遷される。その千方のそばには、不思議な術を使う4人の荒法師が付き従っていた。朝廷側の歴史では、千方が朝廷に謀反を起こしたとされていて、征伐に行った紀朝雄が「草も木も我が大君の国なればいづくか鬼の棲なるべし」と詠むと鬼は逃げ出し、千方も降伏したという。
けれど、地元に伝わる話では、実は千方は荘園制に反対し、農民の味方となって野山を切り開き、群盗を討伐したヒーローで、朝廷がその開墾した土地にも厳しい税を課したため、反旗を翻した、と伝えられているのだとか。「“おらが町では良き領主”というのは、明智光秀にしろ吉良上野介にしろ、日本各地にある話だけれど、興味深いよね」とご主人。
この千方に従った“4人の荒法師”が“四匹の鬼”のことで、射ても矢の立たない「金鬼」、大風を吹いて敵の城を吹き飛ばす「風鬼」、大水を流して敵兵を一人残らず押し流す「水鬼」、姿を隠して敵をつぶす「隠形鬼」とされ、不思議な術を使うため、伊賀忍者の祖とされるのだという。
…でも、当然のことながらこんな歴史を、俺がわかるはずもない。ここに書いたのは、ご主人が言った言葉そのものなだけで、あとは「猫に人間の歴史がわかるわけないわ」なのだ。俺が困った顔をしているのを夢の中ながらに悟ってくれたご主人は、「千方がどうかしたの?」と問いかけてくれた。でも、夢の中で俺はしゃべれない。目が覚めて、また昼間ににゃぁにゃぁと鳴くだけだ。もし俺が本当に宇宙人なら、人間と話すことができるだろうに…
ご主人は俺がどうしたいのかはわからないながらも千方に興味を持ってくれたようで、「そうだな、伊賀忍者のことを調べるなら千方も調べないとな」と一人納得していた。それ以来、勝手に調べて、調べたことを夢の中で話してくれるようになった。
「千方のことを知るなら、名張の千方窟に行くのがいいのかな? 千方の城跡らしい。ずいぶん山の中のようだけど、行けなくはないだろう。きっと…」
夢の中でも気弱そうなご主人。猫と夢の中で話してるんだ、なんて会社で言ったら、きっと気の毒な人に思われるんだろうね。でも、俺らにはそんなご主人がありがたい。
猫の宝を見つけたら、きっとご主人にも分け前をあげるね。
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