第4話 猫の宝

 仙太郎は集会の広場を後にすると、飛ぶようにして隣の山へと向かった。俺と、そして嫌々ながらハナも、急いでその後をついていく。隣山には神洞子という小さな集落があり、かつては修験の行者や忍者たちが修行を重ねていた場所らしい。仙太郎は、集落を見下ろすお寺の庭に降り立った。俺たちも追いついて、仙太郎の横に並ぶ。


「“猫の宝”に関する場所って、ここ?」


「正確には、“猫の宝”に至るヒント。元猫忍のじいさんがいるから、話を聞こう」


 そう話していると、お堂の軒下から大きなキジトラ猫がのそのそと姿を現した。身体は大きいけれど骨ばっていて、いかにも昔は筋骨隆々でした、という風情。でもいまやよぼよぼだ。


「誰がよぼよぼか」


 猫忍は考えている声が聞こえるらしい。


「このじいさんは、元は猫忍の頭領をしていたんだけれど、今はこの寺で世話になっている。のんびり過ごしていたある日、ご住職と蔵の整理をしていたときに、巻物を見つけたというんだ」


じいさん猫は「よっこいせ」よ手足を折りたたみ、香箱座りで話し始めた。


「巻物といっても、猫だけにしか読めない、猫忍専用の巻物じゃ。朴の葉をつなげた用紙に、爪でひっかいただけの記号。ワシもはるか昔に聞いただけの、猫忍の暗号文字。なんとかして読んでみると、そこには猫忍の由来と、“猫の宝”のことが書かれていた」


 なんでも、その昔。猫忍の初代は、一人の平安貴族とともに都から伊賀の山奥へと落ち延びてきたらしい。その貴族は四匹の鬼を従えていて、朝廷に謀反を起こした罪をかけられ、成敗されてしまう。その際、四匹の鬼は主人を守らずに散り散りに逃げてしまった。

 貴族の飼い猫だった初代は生き永らえ、主人を見捨てて逃げた四鬼に仇を討つため、自らの子を猫忍として鬼を討たせたという。その鬼から得た宝が、伊賀の山奥のどこかにかくされたのだとか…


「なかなか壮大だろう?」


「壮大だけれど、なんのことだかわからない…」


「猫に人間の歴史を話したって無駄よ。私たちだって都生まれだけれど、平安時代のことなんて知らないわ」


 サスケとハナの“ちんぷんかんぷん”という顔に、仙太郎は大きな声で笑った。


「お前たちは、なんのために飼い猫をしてるんだ? わからないことは、人間に聞いてみればいいだろう?」


「人間に聞くって、言葉が通じないじゃない… まさか…?」


「そう、なんのために“猫忍”になったんだ? ここにいるお方は、猫忍術の達人。これから、また修行の日々だな」


 俺はハナと顔を見合わせ、今度は二人そろってしかめっ面をした。


「猫忍は忙しすぎるわ! これじゃあ、猫に生まれた意味がないってものよ…」


 ハナのつぶやきは、猫の生態をよく言い表している。俺だって毎日毎日決められたことをやるのは嫌だ。


「さあ、ではさっそく始めようか」


 そう言う仙太郎の顔は、楽しそうに笑っている。仙太郎、はきっと、猫の生き方を忘れてしまった、かわいそうな猫なんだ。それに付き合わされる俺たちも、かわいそうなのかもしれない。まあ、でも、しょうがないから付き合ってやるか。…俺もずいぶん、上から目線が板についてきたな…

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