第2話 猫忍修行
猫忍になる約束をしてから、その野良猫はたびたび家を訪れるようになった。そのうちに、ご主人から「仙太郎」という名前を授かり、自由気ままに庭に出入りしている。ご主人は気づいていないが、仙太郎がご飯を食べている合間に俺たちは猫忍術の修行を重ねていた。
「形代にするものは何でもいいけれど、お前が意識を集中しやすいものにするんだ。気に入っているものにすると遊んでしまうから、そこまで興味がないもので… そうだな、その端切れの猫の人形でもいい。意識を集中して人形に意識が移るように念じるんだ」
ご主人がもらってきた猫のキーホルダー(ハナが遊んで、すっかりへたっている)に意識を集中する。頑張ってみるけれど、そう簡単にはできない。何度も練習を続けたある日、仙太郎は見かねたのか、小さな数珠玉を一粒、持ってきてくれた。
「これを首輪につけておくといい。精神力があがるはずだ」
きれいな銀色の数珠玉だった。それをもらったとき、ハナが珍しく近づいてきた。それまでは仙太郎には興味津々だったけれど、猫忍の話になるとぷいとどこかに行ってしまっていた。
ハナは数珠玉を見ながら仙太郎に言う。
「きれいな数珠玉ね。私も欲しいわ」
「ハナちゃんはだめだよ。どうせボール代わりにして、失くしてしまうよ」
「そんなことしないわ。私もきれいな数珠玉が欲しいの」
欲求に忠実なハナは、俺の忠告にも耳を貸さず、一切引かなかった。オス猫はメス猫には弱いものだ。仙太郎は、首元からもう一粒、小さな数珠玉を取り出した。今度は、黄色味がかった金色の粒だ。
「あなたの瞳の色に似ているだろう? この数珠玉も精神力を上げてくれる。あなたも一緒に猫忍の修行をされるといい」
そう言い残して、仙太郎は行ってしまった。…わりと気障なんだな。ハナはさっそくその数珠玉をボール代わりにして遊んでいる。
「ほらハナちゃん、やっぱり」
「我慢できないのよ。少しだけ」
「ああ、ほら、冷蔵庫の下に入っちゃった… どうするの、取れないよ」
「大丈夫よ、ご主人が帰ってきたら取ってもらうわ」
ご主人の嘆く顔が目に浮かぶ。
*****
小さな端切れの猫人形(2つあった)はご主人たちのお気に入り。車に乗るときには、俺たちの代わりにその人形を連れていく。俺とハナはその人形に意識を乗っけて、ご主人たちといろいろな場所に行く。
ご主人たちはこのあたりに引っ越して来てから忍者に興味が湧いたようで、ゆかりの地をめぐることを趣味にしていた。伊賀上野城、甲賀の忍者村、柳生。どこにでも俺たちはついていった。ご主人たちが観光をしている間に“猫の宝”の情報を集める。通りすがりの猫や、鳥や虫たちに。でも、誰も知らなかった。それどころか、“猫忍”のことも知らなかった。あんまり誰も知らないから、俺は少し不安になった。
…本当に、“猫忍”なんているんだろうか? まさか、仙太郎にからかわれている…?
「猫忍には、誰でもなれるわけじゃない。いい導き手が必要なんだ。私に出会えて、よかったと思うことだな」
庭に来た仙太郎に尋ねると、こんな答えが返ってきた。仙太郎は、時折ひどく偉そうだ。でも俺は知っている。隣の家の猫にも声を掛けて、断られていたことを。
「いい導き手と、そして、いい教え子が必要なんだ」
思いを読んだかのようなことを言う。
この頃は、俺たちが猫忍になって3か月ほどが経っていた。でも、その間、“猫の宝”の手掛かりはゼロだ。
「“猫の宝”の情報が少なすぎるよ。本当にあるのかないのかわからない。俺たちは出かける時間も限られている。そのなかで、やみくもに探すだけでは、効率が悪いと思うんだ」
仙太郎はしばらく黙っていた。そして、口を開くと
「おまえは宝を本気で探そうとしてくれるんだな。ご主人も忍者めぐりが好きならちょうどいい。集会に出てみるか? 次の満月の日、このエリアの猫忍が集まる。その方が手っ取り早いだろう」
俺とハナは顔を見合わせた。そんな手っ取り早いことがあるなら、もっと早く教えてくれればいいのに。
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