猫忍忍法帖「チカタの猫」
上月ぺるり。
第1話 猫忍・サスケ
窓の外は、雨。
今日はこの国に新しいテンノウが即位してゲンゴウが変わる。新時代の幕開け。…らしい。ご主人たちがテレビを見ながら、しきりに何か話している。賑やかなことだ。俺は片目をうっすらと開けてテレビの様子を眺めたが、すぐに目を閉じた。世界は忙しいかもしれないけれど、俺だって忙しい。この瞬間を、少しも邪魔されたくない。俺は今、ご主人の膝の上で毛布をフミフミしている。極上だ。
ご主人の足元ではハナがじゃれついていて、カーテンの向こうではイヅミがあくびをしている。
俺たちは、いわゆる「猫」というやつだ。俺とハナがこの家に暮らして1年半ほど。イヅミは、ついこの前仲間になったばかり。俺たちとご主人夫婦とで、古い都ともっと古い都の間にある、小さな家に暮らしている。
黒猫のハナは古い都の西の方で生まれ、保護センターで俺と出会い、二匹一緒にご主人夫婦に引き取られた。気難しい子で、俺以外の猫は気に入らず(俺もしょっちゅうパンチされている)、人間が大好きで、ボール遊びが大好きだ。
三毛猫のイヅミは、ご主人の家のあたりを縄張りにしている野良猫の子供で、ご主人が情がわいて引き取った。…といっても実は親猫の策略だったと俺は後で知ったのだが、平和なご主人は微塵も気づいていない… 野良猫上がりらしい俊敏さと、自覚のないあざと可愛さで、ご主人の心をがっちりつかんでいる。でも本人は懐く気はないらしく、いつもすました顔をしている。
俺も、古い都でセンターに保護された。白黒のハチワレ。額の真ん中でセンター分けをした、凛々しい姿だ。センターに猫を探しに来たご主人が、真顔でじゃれついてくる愛くるしい俺の姿に惹かれて、出会ったその日に引き取られた。俺と同じケージにいた鼻水垂れのハナも、一緒に引き取られることになったのだから、ハナには感謝してもらいたい。
ご主人の家に来た俺は、着いたその日から、ご主人の膝に乗り、おもちゃにじゃれつき、紙袋に顔を突っ込むなど、愛くるしさの限りを尽くした。ハナとの取っ組み合いは、特にご主人の心をつかんだ。
「かわいい」
その言葉を、ご主人は日に何度も口にする。「かわいいかわいい」と言われ続け、今ではすっかりその言葉を覚えてしまった。
センターに来る前、俺はどこにいたのかわからない。どこで、どのような状態で保護されたのかもわからず、たまにご主人は「宇宙から来たんだろうな」と笑う。
なんでも、俺の顔が宇宙人に似ているそうだ。宇宙人?? よくわからないが、いい意味ではなさそうなことはわかる。でも、俺が宇宙人(宇宙猫?)だとしても、それでいい。俺はどこで生まれたかも知らないし、親だってわからない。気づいたらセンターにいて、サスケと呼ばれていて、ご主人に引き取られた。だから、もしかしたら、宇宙から来たといっても、ありえないことではないかもしれない。
ご主人が俺を膝上から下ろし、慌てながらトイレへ駈け込んでいった。俺はソファーの上でゆっくり伸びをして、そして、あくびをひとつ。 窓の向こうを見ると、〝アイツ〟が来ていた。
…俺が宇宙人かどうかはわからないけれど、俺には、いや俺たちには、ご主人に内緒の秘密がある。実は、俺たちは〝猫忍〟なのだ。
*****
それは、去年の夏のこと。ある日、庭に〝アイツ〟が現れた。黒白のハチワレで、俺よりも黒い部分が多い。耳は黒、顔は黒い部分が仮面のように目のあたりまで覆っている。体も、足の先は白いけれど、背中部分は黒いマントを被っているかのようだ。
彼は窓の外から俺に言った。
「この土地に来たのなら、〝猫忍〟にならないか」
〝猫忍〟とは、〝猫の忍者〟のこと。
なんでもこのあたりには昔から「忍者」という人が多くいるらしい。野山を駆け巡り、忍術を使う不思議な集団で、その忍者を手助けするのが、猫の忍者。かつては戦に駆り出されたり、戦いが主だったらしいが、最近では仕事も平和になり、山で道案内をしたりと“人助け”が任務らしい。
「いまや猫忍の仕事は少ない。猫忍の存在自体が多くの猫から忘れられようとしている。私は数少ない猫忍として、忍の系統を伝えていきたいと思っているんだ」
猫忍… 興味深いが、俺は家から出ることができない家猫だ。野山を駆け巡ることはできない。
「猫忍術のひとつに、
そんな都合のいい話があるのか… でも、そうできるならその方がいい。さらにその猫は驚くべきことを言った。
「実はこのあたりの山のどこかに、かつての猫忍が隠した〝猫の宝〟があるといわれている。その宝を手に入れたものは〝猫の楽園〟に行けるという。…本当にあるかどうかはわからない。ただの伝説だけれど、もしあるのならば、私は〝猫の楽園〟がどういうものなのか、興味がある。それを、一緒に探してくれないか」
猫の楽園。素敵な響きだ。猫にとっての楽園とは、なんなのか。俺はもちろん協力することにした。
そうして、俺は猫忍になった。
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