còig

 ワンピースの裾を揺らしながら、イズールトは丘の斜面を歩く。しばらくすると、視界が一気に開け、海が一望できる場所に到着した。

「……いた」

 ――彼女の言葉の先には、竪琴を奏でる男性の姿があった。重厚な鎧に、装飾の美しい剣。白く長い髪は、風とともに空を泳いでいる。甚だ現実離れした男だが、彼はいつもこの格好だった。

「トリスタン」

 イズールトが声を掛けると、彼はゆっくりと振り返った。儚げな赤い瞳が、夕日の赤と重なっていく。

「今日は何の曲?」

「昔、アイルランドで流行っていた曲だ」

「ふーん」

 この島のことしか知らない彼女には、アイルランドの情景はいまいち分からない。多分、寒い国なのだろう。そう思いながら、いつも通り彼の横に腰を下ろした。

「イズールト。しばらく見ない内に、一段と美しくなったな」

「大げさだって。しばらくって言ったって、一年ぐらいじゃない」

 イズールトはそこら辺の花々を摘み、大きな花冠を編み始めた。トリスタンは静かな動作で、彼女の手つきを眺めている。

「トリスタンは、相変わらずだね。ずっと前から、その姿なんでしょ?」

「まぁ……、そうだな。私はずっと、この姿だ」

 少し困ったような顔をして、イズールトに笑い掛けるトリスタン。彼が見えるということも、「イズールト」に受け継がれる不思議な力なのだ。名高い伝説、円卓の騎士。彼はその一人だった。

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