ceithir
「何? この音」
彼女が初めて竪琴の音色を聞いたのは、七歳の誕生日を迎えた翌日だった。その日は家族と一緒に、島にある史跡を訪れていた。
「ねぇ、お兄ちゃん。何か聞こえない?」
「何かって、何が?」
イズールトがそう言うと、二つ年上の兄は困ったような顔をした。彼の耳に届く音と言えば、聞き慣れた波の音と、両親の会話ぐらいだったからだ。
「なんか、楽器みたいな音。ぽろん、ぽろんって」
「何だよ、それ。ヘンなの!」
兄はクスクスと笑い、「お父さーん!」と言い残してその場を後にしてしまった。草はらの中から、珍しい虫を見つけたらしい。
「ヘンじゃないもん。聞こえるんだもん」
兄の反応にムスッとした彼女は、今度は母の方へと駆け寄った。無下にされた質問を、そのまま母にも投げ掛けてみる。
「お母さん、楽器の音が聞こえる! ぽろん、ぽろんって!」
……それを聞いた母は、途端に真剣な顔をした。そのままイズールトを抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
「……そう。イズールトにも、ちゃんと聞こえるのね」
「やっぱり! 楽器の音がするよね!」
母に認められたイズールトは、嬉しくなって小さく跳ねた。その間にも、美しいメロディーは奏でられる。まるで、誰かを探しているかのように。
「いい? よく聞いてね。あの音は、竪琴の音色よ。イズールトにしか聞こえない、特別な音なの」
「お琴の音色?」
「そうよ。今度からあの音が聞こえたら、音のする方に行きなさい。そうしたら、すてきな出会いがあるわ」
「すてきな出会い? 何それ?」
「ふふふ。それは、行ってからのお楽しみよ」
母の手つきは穏やかで、思い出の中にいるようだった。「すてきな出会い」は彼女から、娘であるイズールトへと受け継がれたようだ。
「さぁ、今日はもう帰りましょうか。夕ご飯は、イズールトが好きなフィッシュ・パイよ」
「わーい! フィッシュ・パイ、大好き!」
このときから、イズールトは言い伝え通りの役目を果たすことになった。「イズールト」の名を持つ女性としての、神秘的な使命を……。
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