彼女が「イズールト」と名付けられることは、生まれる前から決まっていた。イギリスの南西部に位置する、シリー諸島。観光地として有名なこの島には、とある不思議な言い伝えがあるからだ。

「あなたがイズールトになることは、最初から決まっていたのよ」

 十数年前、母と二人で訪れた、海辺のおしゃれなカフェ。観光客の声が聞こえる中、イズールトは母にそう告げられた。

「……もしかして、お母さんも『イズールト』だから?」

「ええ。でもね、お母さんだけじゃないの。死んだおばあちゃんも、そのまたおばあちゃんも、みんな『イズールト』だったのよ」

 具だくさんのサンドイッチが、二人のテーブルに運ばれてくる。後ろの席では、若い女性客が写真を撮る音が聞こえてきた。

「何で、みんな『イズールト』って名前なの?」

「そういう決まりなの。お母さんたちが生まれるずっとずっと前から」

 母はサンドイッチを口にしながら、優しい微笑みを零した。金色のロングヘアが揺れ、澄んだ碧眼が穏やかな弧を描く。

「そんな決まり、一体誰が決めたの?」

「それは分からない。けれど多分、言い伝えを作った人が決めたのよ」

 イズールトは少々腑に落ちない気分だったが、「ふーん」と言ってアイスティーを啜った。氷の涼しげな音が、グラスの中で反響する。

「だからね、イズールト。あなたが『イズールト』である以上、この島から出ることはできないの」

「……何で?」

「そういう決まりなのよ。『イズールト』はみんな、不思議な力を持っているから」

 ……不思議な力を聞いて、イズールトは即座に思い当たることがあった。だからそれ以上、母に対して疑問を投げ掛けることはなかった。

「ふーん、そっか」

 短く答えると、彼女はサンドイッチに齧りついた。ジューシーなチキンが、パンの隙間から顔を覗かせる。

「ごめんなさい、イズールト。自由にしてあげられなくて」

「別に。お母さんが気にすることじゃないよ」

 薄々、イズールトも気が付いていた。自分の血筋が、普通の人間とは違うということに。

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