来訪3

「少なくとも『癒し』のスキルは持っていないな。それにあの言動も、聖女とは程遠い」

「まあな。ここにいる聖女様もちょっと違うとは思うが、あれも全く聖女とは思えねえな」


 うーん、また言われてしまったよ。

 まあね、確かに私、最初はあまりにもガサツだったためにここに来てから家庭教師がつきましたからね。


 最初は侍女にもいろいろ言われていたけれど、そちらはまだルーティンの生活についてなので早めに慣れることができた。要は決められたパターン通りに生活すれば文句は言われないのだと、私も早々に学習したのだ。


 だけれどこのアリス先生の指導内容はもっとレベルが高い上に細かくて、今でもなんやかやと口うるさく注意されている日々である。なにしろ歩き方や座り方から微笑みの仕方まで、一挙手一投足全てに指導が入るのだ。そう簡単には変えられない部分を全てダメだしという悲しくなる状況。だけれど他にも使用人との距離の取り方やら身分による服装の序列だの装飾品の意味だの、きっと身分のある人としては当たり前の事を、もちろん私は何にも知らなかったのだから文句は言えないのだった。


 どうやら私の影としてついてくれているアリスが実はいいところの貴族のお嬢様だそうで、容赦なくダメだしされ続けている今日までの日々。なにしろ私の影だから四六時中近くにいて注意が飛んでくるんですよ。声だけの。


「アニス様、もう少し動作はゆっくりで。そうです、そしてむやみに目下に頭を下げてはいけません。微笑みだけで。言葉はいりません、そう、微笑みだけです」


 私はアリス先生の操り人形のように、ひたすらぎくしゃくと従う日々。微笑みって、どうやるんでしたっけね?  改めて意識するとわからなくなるのよ。そしてにんまりとか、にやぁ、なんてしたらまた怒られて焦る私。だが。


「どんなに慌てていても、それを気取られるのはよくありません。表面上は堂々と」


 先生、いっそもう私に仮面をください。表情筋が辛いです。


 しかしどれだけ王族でもある将軍にお仕えするのに威厳や品格が足りなかったかという話ですよ。

 どうりで使用人さんたちにもなめられたわけだ。さもありなん。


 そういえばあの時クスクスと楽しそうだった人達を最近見ない気がするけれど、配置が変わったのかしら……? あ、でも女主人の私が知らないということはレクトールが動いたということだろうから、だとしたらこれは私が首を突っ込んではいけないな。きっと何か黒いやつ。くわばらくわばら。


 まあそんな事情だったとはいえ、せっかく学べるというのなら身に着けておいて損はないだろうと頑張ってきた成果が、最近はやっと出てきていると思っていたんだけれどな。

 この副将軍の言葉を聞く限り、まだダメかー。くそう。あ、こういうところ?


「人のことをあの彼女のように犯罪者呼ばわりもしなければ、アニスのように偽物と言われても睨み返したりなんてしない。何を言われてもちょっと悲しそうな顔をするだけ。それが一般的な『聖女』の対応だろうね。まあそんな聖女は僕にはつまらないけれど」

 と、そう言ったのはレクトール。思い出し笑いつき。


 あ、思わず私の目が据わったのがバレていた。


 でもヒメに非難されてびっくりもしたけれど、正直ちょっと怒りも湧いたのよね……。

 でも生粋の「聖女」はもしかして、怒りという感情があまりないのかしら。


「なのに魔術は『聖女』みたいなんだよなあ」

 副将軍が頭にハテナマークを浮かべて言った。


「ハイソウデスネ」

 うん、もう言われ慣れたよね。抗う気なんて起きやしない。


 もう能力さえ認められていればいいかなと、悟りを開き始めた今日この頃。だってやっぱり年季が違う。

 完璧に「聖女」らしくするなんて、きっと年単位の修行が必要だろう。そしてそんなに修行をしても、きっと表面だけ猫を被れるようになるだけだ。人はそんなに簡単には変われないものよ……。


「で、あれ、どうするんだ? モテる男は大変だな?」

 ジュバンス副将軍がにやにやしながら目でヒメの出て行った扉を指してレクトールに言った。


「うーん、なんでそこまで私なんだろうな。まあいい、この城にいる間は『魅了』も効かないし、捕虜としての使い道を考えよう、せっかく来てくれたんだから。捕虜の管理は君に任せるよ、ジュバンス副将軍。で、」



 そこまで言ってから、突然レクトールは意味深な目で私の方を見て、話題を変えたのだった。


「そういえばアニス、この部屋の空気、『ちょっと悪く』ないか?」


「はい?」

 なになに、突然何を言い出した? 方向転換にも程があるのでは?


 と思いつつ、でもこの人は部下の前で、特にこんな時にはふざけたことは言わない人である。だからなにか意図が……と思ったら、そういえばそのフレーズ、前に私があの豪華な家紋付きの馬車の中で言った台詞と一緒なことを思い出した。


 かつて私は、そんなことを言いながらよく馬車の中に舞う彼の「魅了」のキラキラを祓ったっけ。


「いやちょっとこの部屋の中がね」

「あら……そうですか。ではちょっと綺麗にしましょうか?」

「ああ頼む」

 そう言ってレクトールがにっこりするということは、やっぱりそういうことですね?


 そしてレクトールは部屋の中の一点を見つめた。

 思わず私もレクトールの視線を追う。でも何もないけれど? そう思いつつ、


「状態異常解除」

 私は右手を軽く振って、その部屋の中に存在する全てのスキルを無効化したのだった。


 とたんに今まで見えなかった人影が四体浮かび上がる。


 四体!?


 そんなに人が隠れていたの!?


 私が思わずびっくりしている間に、近くで「きゃあ!」というアリスの声がして彼女はあっという間に来客用のソファの影に隠れ、そしてどうやらレクトールの影のジンとハロルドも同じように部屋の物陰にささっと移動したのだった。


 ものすっごく素早かった。ぜんぜん顔なんて見えないくらいには素早かった。どれだけ人目につきたくないんだこの人達。


 そしてレクトールの視線の先に現れた、最後の一体の人影が虚を突かれたように棒立ちになり、そこを副将軍があっというまに距離をつめて見事に拘束してしまったのだった。


「うお、びっくりした!」

 そう言う副将軍、そのおそろしく素早い捕縛と台詞が若干合っていない気がするけれど。


 全てが一瞬の出来事だった。

 影の三人からはものすごく恨みがましいオーラを感じるが、いやあ、申し訳ない。


 でもこの三人はあっという間に立ち直って、そしてやはり一瞬でまたスキルを全開にして姿がかき消えたので、さすがプロだなと私は思わず感心してしまったのだった。

 この人たちのスキルは、そういえば「他人に意識されない」という、いわば気配を消す系のもので、積極的に「人を騙す、惑わす」とは少し違うので今までこの城にかけた私の「騙されない」魔術の中でも全く無傷で活動出来ていたのを忘れていたのだった。

 いやあ、見えないとつい忘れがちで、すみません、はい。


 ちなみに副将軍が捕縛した男には私がスキル無効の魔術をがっちりかけ続けているので消えることはできません。捕縛された男は、顔に盛大にハテナマークを散りばめながら茫然としていた。ふふん。

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