来訪4
でも、まさかもう一人潜んでいたとは。
なんだか陰気そうな男だぞ。そして目つきがとても悪かった。
しかしレクトールはよく気がついたな。
私が目を丸くしていたら、彼がニヤリとしながら男に言った。
「やっぱり『隠密』がいたか。さっきからどうも気になっていたんだよな。お前があのオリグロウの『聖女』をここまで隠して連れてきたのか。なかなか良い腕だ……ふーん、その顔、随分遠い国の出身なんだな」
レクトールがそう言うと、その「隠密」スキルの男は警戒するようにしながらも顔をしかめた。
でもレクトールはまるで顔で判断したように言ってはいるけれど、実は「鑑定」スキルがフル回転した結果だろう。
しばらくふんふんと一人で納得したように頷いたあと、レクトールが続ける。
「この城ではあの聖女の『魅了』は効かない。それでもさっきから、けなげにあの『聖女』に隠密スキルをかけようとしていたところを見ると『魅了』スキルで操られていたわけではないようだな。動機はなんだ、金か? あの聖女はいくら積んだ?」
どうやらこの男はヒメに「隠密」スキルをかけようとしていてレクトールに見つかったらしい。あれかな、ヒメが嫌がっていたのに半ば強制的に部屋から出された、あのときかな。確かにあそこで突然ヒメがかき消えたとしたら、狼狽える衛兵たちを振り切ってそのままヒメは逃げることが出来ただろう。
だけれど自分が消える分には自分の気配を消すだけだけれど、他人を消そうとしたら私のかけた「惑わされない、騙されない」魔術にどうやらひっかかったということらしい。詳しいことはよくわからないけれど。
しかしレクトールにそう言われても、その隠密スキルの男は何もしゃべらなかった。
「金ならこちらの方がたくさんあるぞ?」
にやにやとレクトールが誘いをかける。
だがそれでも男はしゃべらない。
しばらくその男を眺めていたレクトールが言った。
「ジュバンス、こいつは一旦封じる。医務室へ連れて行け」
「わかった」
「あと、他にもいた侍女たちは後で追い返すが、私が行くまではそのまま拘束しておいてくれ」
「わかった」
そうしてジュバンス副将軍は、「隠密」スキルの男をがっちりと拘束したまま部屋を出て行ったのだった。
「封じるって、なに?」
私は思わず聞いた。初めて聞く言葉だったから。
「ああ、医務室長がいるだろう? 彼は他人のスキルを『封じる』ことができるんだよ。つまり、スキルを使えなくさせることができる。彼のスキルレベルより低いものだけだけれどね。でも彼のスキルレベルは高いから、多くの人のスキルを封じることができるんだ。さっきの男はぎりぎり医務室長のスキルレベルでカバー出来そうだったから、任せることにした。彼に任せればこの先もうあの男は、あれほど綺麗には消えることができなくなるだろう」
「ええ……こわ……じゃあ医務室長がその気になったら、もしや私も『癒やし』が使えなくなったり?」
それは怖い。そんな可能性があったことが怖い。そんなことになったら、もし私の唯一の個性というか特技がなくなってしまったら、もう申し訳ないどころの騒ぎでは無い。
と思ったら。
「いや、君のスキルレベルは医務室長より高いから、彼には君を封じることは出来ないよ。それに彼が相手に無断で勝手にやることもない」
とのことでした。
そうか、まあそうよね。でもよかった……。
「あの男、こちらに寝返るか試してみる価値はあるな……」
そういうときのレクトールは、なにやら生き生きと、とても悪い顔をするのだった。
私もこの城で何度か見るようになったけれど、初めて見たときはちょっとときめい……こほん、驚いたものだ。
「わー……頑張れー……」
楽しそうでなによりです。深くは突っ込むまい。たくましいことは良いことだ。それが職業病なのか本来の性格なのかは、考えるのをやめておこう。
「ああ、あとあのオリグロウの『聖女』と一緒にいた侍女たちも、せっかくだから『魅了』をかけておこうと思う。あちらにも土産が必要だろう? きっとあちらの王宮に帰っても良い働きをしてくれるに違いない。でもこの城には君の『惑わされない』魔術があるからちょっと一緒に来て、その時だけあの魔術を解除してもらえるかな」
ん? ああそういえばあの魔術、レクトールの「魅了」も無効にしてしまうのか。
どうりで最近、
「将軍様も昔はちょっと近寄りがたくてそこが魅力だったけれど、最近は何故か親しみやすくなって、でもそれも、いやむしろそこがもっと素敵~」
とかやたらと言われるようになっていたわけね。
そうか、威厳オーラでもある全方位キラキラが効かなくなっていたんだな。え、じゃあそれなのに、人気者には変わらないと? なにそれカリスマってすごいデスネ。それともこの顔面の威力?
思わす乾いた笑いが出てしまいそうになった私だったが。
「じゃあ、あなたの魔術だけは無効にしないように今かけ直すわね。その方がきっと早くて便利でしょう?」
そして私はその場でレクトールの魔術だけは全ての効果が出るように、魔術を城全体にかけ直したのだった。
騙されないぞー、そこは変わらず!
だけどレクトールの魔術だけは全部効いちゃうよー。カチリ。
「うん、前より簡単に出来るようになったみたいだね。スキルレベルも順調に上がっているようだし、いいね」
レクトールが満足そうでちょっと嬉しい。
たしかに魔術は何度か経験すると、前より魔術がかけやすくなる。
今回も、前回より早くかけることができたのだった。
私、地道に成長しているじゃあないですか~ふふふ~。
しかし今日からはヒメと同じ屋根の下か。
昔とは立場が違うとしても、ついつい今までのあれやこれやとその結末を思い出してしまう私だった。
どうしても少し不安な気持ちになってしまう。なにしろ今まで私は彼女にまともに対抗できたためしが無いのだ。いつもいつも上手に言い込められてしまうのはなぜ。
「アニス、」
不安そうな顔に見えたのだろうか。心配そうな顔をしてレクトールが私に言った。
「監視は十分にするから、心配しないで。君は彼女に近づかないようにね。喧嘩になっても良いことはない。ジュバンスに任せれば大丈夫。ああ、ジュバンス、君にこれを。魅了封じの石だから念のため」
そう言って、医務室から戻ってきたばかりのジュバンス副将軍に、何やら指輪のようなものを渡すレクトール。
「おお、これが噂の王家が持っているという魅了封じの石か。いいのかこんな貴重なものをもらって。きっとお前がターゲットだろうに大丈夫か?」
よっぽど貴重なものなのか、言葉とは裏腹に顔をほころばせて喜んでいる副将軍だった。
「私はまた別に自分専用のものを持っているし、もともと『魅了』持ちだから大丈夫。それよりあの偽『聖女』の対応は任せるから、慎重にやってくれ。また騒がれたらかなわん」
「わかった。任せとけ」
そう話は決まったはずだった。
安心していいはずだった。
ジュバンス副将軍は決して手を抜いたわけでも、ミスをしたわけでもない。
彼は忠実に仕事をしていた。それは私も、いや誰でも知っている。
だけどこの城で働いている人は多い。
たくさんの兵士だけでなく、炊事洗濯掃除やその他、普通に城や大きな館にいるような使用人と呼ばれる人たちもたくさんいるのだ。
「オリグロウの『聖女』がいる」
という情報はもちろん隅々にまで行き渡り、瞬く間に人々の興味を引いたのだった。
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