状況3

 相変わらず勘がすごいな、神父様。

 どうやら最後のやりとりが彼にも聞こえたらしく、レクトールが不本意そうにしながら居間のソファに身を沈めて言った。


「お帰りなさい、待ってましたよオースティン殿。お元気そうで何よりです。あなたなら無事に帰って来てくれると信じていました。それで、首尾はいかがでしたか?」

 

 いつの間に何かを頼んでいたらしい。

 そしてそれを私たちの私室の居間で聞くということは、レクトールの個人的な内緒話を意味していた。

 これ、副将軍も知らないような話だなきっと。


 しかしそんな完璧なよそ行きの美しい笑顔を見せるレクトールに対して、神父様は唇をとがらせて答えたのだった。

 

「よく言うわ。アニスと二人きりになりたくてワシを追っ払ったくせに。まあそこまでしても何も進展は無かったようじゃがな~ふぉっふぉっふぉ。おっと睨んでも無駄じゃぞ? ワシは全てお見通しじゃよ~。ワシは有能だからの! だからあっちも大丈夫じゃよ~。アニスがガレオンを治したのをガレオンも覚えておったからの。ちゃあんと約束してくれたよ」

 

「おおそれはよかったです」


 ガレオン? ……ガレオン……ああ! 

 あのガーランド治療院で治した大男か。


 おお、と思い出した私を見て、レクトールが説明してくれた。

 

「前に『グランジの民』と聞いた時、君が反応しただろう? だからオースティン殿に偵察に行ってもらっていたんだ」


 そうだった。

 そういえば、作戦会議の時に出てきた「グランジの民」という言葉を、聞いたような見たような気がしたからレクトールに伝えていたのだった。

 私がもし見聞きしていたとしたら、きっとそれはゲームの中だろうから。

 つまりはこの戦争の結果に関わってくる可能性が高いということ。


「レックの読みは正しかったかもしれんぞ? ワシが行く前にどうやらオリグロウと接触があったらしくての。そんでどうやら長老達はあっちに取り込まれていたようじゃの。あのまま放っておいたら『グランジの民』は、いざという時はオリグロウの味方をしていただろうの」


 神父様がうんうんと頷きながら言った。


「やはりですか」

 レクトール将軍が渋い顔をする。


「グランジの民」とは、国境沿いに住む遊牧民らしい。オリグロウにもファーグロウにも属さず、独立心が強く、そして定住しないでたくさんの小さなグループに分かれて別々に行動しているらしいのだ。だから会おうと思ってもなかなか出会えない。けれどもこの人々同士はお互いに情報をやりとりするために、高度に情報網を発達させているそうだ。

 つまりは、みんな普段はちりぢりになっているのに、情報伝達が密なお陰で団結力があり、広い範囲での国境沿いの一大勢力になっているとのことだった。

 国土を持たないが、決して無視することは出来ない一大勢力だそうで。


 テイマーでいつも鳥に囲まれているガーウィンさんがこの民族の出身で、彼を通じてこの勢力とは常にやりとりをしていてファーグロウの味方だと聞いていたのだけれど、どうやら今回は密かにオリグロウと手を結んでいたということか。


「あのガレオンという人がその『グランジの民』だったということ?」

「そう。彼は『グランジの民』の長老の孫だ。長老が没した時は順調にいけば次の長になるだろうと思われている。だからその彼を味方に付けて、いざというときには確実に『グランジの民』がファーグロウにつくように一族の調整を頼んでいたんだが、どうやらオリグロウが一枚上手だったようだ」


 ああ、彼は将軍に忠誠を誓っていたよね。


「どうやら長老が、ガレオンに隠れてオリグロウと密約を結んでいたようじゃの。長老はどうやらガレオンが、前から一族特有の病魔の兆候が出ていたから先は長くないと思ったらしくての。そんでガレオンに隠れて新しい次期長候補を決めていたんじゃな。だけどその男がオリグロウに通じてオリグロウを長老と結びつけたようじゃの。そうそう、あの治療院でアニスが治したあの病じゃな。あの一族は多いんじゃよ~あの病。んで、ガレオンが勝手に人を殺すなと、それはそれは怒っておった。まあ最後は誰よりも健康なのを証明して片っ端から伸していたけどね~」


 神父様がちょっと思い出し笑いをしたのだった。


「なるほど、長老はなかなか表に出てこないのでガレオンに接触したのですが、やはり長老にもなんとかして直接接触しておくべきでしたね。しかしオースティン殿はよくオリグロウとの密約がわかりましたね。ガレオンにも隠していたのでしょう?」

 

「なになに、ちょうどたまたま長老たちがこそこそ相談しているところに行き当たってのう? そんでたまたまそこにガレオンもいたんじゃよ~たまたまじゃよ~」

 

 ふぉっふぉっふぉ、と朗らかに笑っているけれど、相変わらずなんだなこの神父様。この人の人生は、「たまたま」と「偶然」で彩られている。


「それでガレオンは無事ですか? 彼は『グランジの民』を纏められそうですかね?」

「あの一件でガレオンの味方が増えたようだから、いけるんじゃないかね。それにワシが手助けしたんだから大丈夫じゃよ。なんてったってワシ、幸運の女神だからの? ふぉっふぉっふぉ」

 

 女、神……? ま、まあそこはどうでもいいか。

 

「それは心強い。オースティン殿、私とも末永く仲良く願いたいですね」

「ワシは常に楽しい方の味方じゃよ? おぬしが約束を守ってくれるのなら、しばらく世話になるつもりじゃよ~楽しみじゃのう~ふぉ~っふぉっふぉ」


 どうも私の知らないところでレクトールと何か約束したらしい。すごく楽しみらしく神父様がうっきうきだ。

 

「もちろん約束は守りますよ。私が失脚しない限りは必ず守ります。『グランジの民』 を抑えていただいて感謝します、オースティン殿」

 レクトール将軍が手を差し出した。

 

「なんのなんの~将軍とアニスが彼らに気付いたおかげじゃの~」

 神父様がそう言いながら将軍の手を握り返した。


「グランジの民」、そんなことになっていたとは……。

 きっとあれだな、ゲームの中ではオリグロウに寝返るシナリオだったんだね。

 そうなったら、「グランジの民」が味方だと思っていたファーグロウには大きな痛手だっただろう。


「それもこれもあの時アニスがガレオンを治してくれたからな。あのまま治せずにいたらガレオンが死んで、今頃はオリグロウの思うつぼだっただろう。もはやアニスとオースティン殿が私の命綱だな」


 レクトールが苦笑していた。

 たしかに彼、結構病状が重かったからね。あのまま放っておいて治ることはなかっただろう。だけれどまさか彼がそんな重要人物だとは知らなかった。


「まあアニスの見たというその話に出てこないのはワシとアニスだけじゃからのう~」


 そう。私はあのゲームのシナリオではこの世界に居なかったはずだった。少なくとも今の私の立場の人間は。

 ゲームのシナリオの中では喚ばれたのは聖女ただ一人。そしてその聖女は「先読みの聖女」としてオリグロウの王宮の中からほぼ出ない。

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