状況2

「出来るだけ対策はした方がいいから、なんなら両方やっておこうか。じゃあアニス、楽な方から取りかかってくれ」


 って、つまりは両方やるんですねそうですね。この将軍もしれっと重いものを放ってくるよね。

 まあ出来る範囲で頑張ります。


「じゃあ、まず今、城にかけます」


 私は城全体を心の手で掴むためにその場で魔力? 心の中の手? を広げていった。

 でも城って言うくらいだから大きいんだよねえ。


「んー……」


 しばし時間がかかったけれど、なんとか心の中の両手を使って城全体を覆うことができた。

 うん、やれば出来るもんだね。よし私出来る子~。


 ではいきます。

「正気にもどーるーー」


 あれ、これでいいのかな。うーんと、


「騙されないぞー」


 ん? ちょっと違う?


「操られなーいーー正気のままで!」


 これか。

 頭の中で、カチリカチリと魔術の数だけ鍵がかかる音がした。


 あ、結構良い感じにかけられたんじゃない?


「これ、もしかしたら井戸にもかかったかも」


 なにしろ城と敷地の大体にかけられた感触がする。じゃあ石は作らなくていいね!


「なんだ出来るじゃねえか……」

 あら副将軍様から、ちょっと意外そうな、でもお褒めの言葉をいただきましたー。わーい。


「今、ちょっとスキルレベルが上がったね、うん」

 将軍様も満足げでよかったです。

 そういえば私のスキルって、半分くらいしか開花していないって言っていたもんね。


 なんだか自分の能力が評価されたような気がして嬉しかった。

 そしてその日から、将軍が遭う事故が格段に減ったのだった。


 一体どれだけの人がその「催眠」に影響されていたのだろうか。

 これだけの精鋭が揃った中でもこんな事態が起こっていたということが、ちょっと恐ろしいと思ったのだった。きっと向こうも精鋭揃いということなのだろう。

 高度な狐と狸の化かし合い。

 引き続き調査はしているけれど、きっと原因はわからないままになるような気がする。だってレクトールだってそんなヘマはしないのだから。



「戦争中なんて、いろんな陰謀が渦巻いているからのう~。どす黒いものが多すぎて、催眠くらいじゃなんかの影になっちゃうかもね~でもわかってよかったの」


 って神父様、久しぶりに私の私室で一緒にお茶を飲みながらのほほんと言っているけれどそれ、人の生死の話なのですよ……相変わらずだな……。


「まあ、確かに将軍にくっついていると怖い情報が多すぎて、さすがの私も最近口数が減っているくらいだからねえ……」

 陰謀策謀思惑。

 私もレクトールによる各人の「鑑定」の内容を聞いていなかったら、こんなに呑気にこの城を歩いてはいなかったかもしれないと思う。


 レクトールの側近達は、みんな信頼のおける人達だとわかっていた。

 でも城にいるたくさんの人達が全員誠実かと言ったら、そうではないだろう。

 現に聖女としての滲み出る威厳に乏しい私を、今も胡散臭げに見る人たちもまだ一定数いるのだ。


「でも『聖女』ではないただのアニスのまま将軍の妻になったらもっと辛かったと思うよ?」


 私のちょっとしたそんな愚痴に対する神父様の返答はこれでしたが。


「『聖女』じゃなかったら将軍の妻にもならなかったとは思いますけどね。いくら仮とはいえ」


 そしてこの戦争の行方にも関われず、ヒメから逃げつづける人生がほぼ確定……いやでもそれなら、そもそも喚ばれなかった気がするぞ。

 と、いうことは、今も相変わらず元の世界で彼女に私の人生を引っかき回される日々だったと。

 うーん、どこの世界でもあんまり状況が変わらないなあ……。

 ああでも、今は戦う意思があるわね。


 将軍の死亡フラグを折る簡単なお仕事です。


 簡単だといいな。


「まあでも今はまだ正式な妻じゃよ。どうせならそのままずっと妻の座にいればいいんじゃないかの。万が一レックが浮気しても正妻の座は強いよ? 金もあるしなかなかいい男だとワシは思っとるんじゃがのう」


 神父様がしんみり言い出したのだけれども。


「もちろん彼がいい人だというのはわかっていますよ。彼はいい人です。とっても。でもだからこそ私にはもったいないんですよ。釣り合わないというか……。私が彼の横にいるのを、誰もが最初見たときには『何故?』という顔をする。そういうのを見る私が辛いんです。あの容姿とキラキラと肩書きで、それはもう理想の男性そのものですからねえ……」


 思わずため息をつきつつ言う。

 彼に相応しい人になるには、どんなに頑張っても膨大な時間がかかるだろう。もういつかはなれるといいなくらいの気分だ。


 だいたい私にはあのキラキラ出せないし。あのキラキラどうやったら出せるんだろうね?


 あれが出せたら少々の難は誤魔化せるような気さえするくらいには威力があるのに、残念ながらどう頑張ってみても私にはいまだに出せないのだった。


「魅了」の才能が無いとだめなのかしらん?

 この前こっそり努力しているのがレクトールにあっさりバレて、にやにやされたばかりだ。

 くそう、これだから持てる者は……!


「でもここを出てどうするんだね。聖女のまま離婚なんぞしたら、次にあるのは誘拐かもしれんよ? オリグロウ以外にも聖女を欲しがる人間なんてなんぼでもいるんじゃよ?」


「ああ……それは多分あのレクトールのことですから、私一人くらい完璧に存在を隠せますよ。彼にはきっと簡単なことです。それに私は別に『聖女』として生きていきたいわけではないので、ただのポーション屋さんとして何処にでも溶け込んでやります。ヒメから隠れられるなら死ぬ気で頑張りますとも。もちろんレクトールが『聖女』を必要とした時には、こっそり手助けもするつもりですよ? でもそれで十分ではないですか? 友情と契約で結ばれた関係。妻のままでは私はつい、彼のたった一人になりたくなってしまう。でもそれを手放して友人としてだったら、たとえ彼の一番ではなくても私はきっと彼に気持ちよく協力できるでしょう。きっとその方が、私たちの良い関係も長く保てる。きっと」


 そう、古い友人、または信頼のおける部下のようなもの。私にはその立場が相応しい。


「……でもその様子、彼を好きなのではないんかね」

「…………」

「…………」


 私は神父様を睨みつつ、静かにお茶を飲んだ。

 そういえばこの高級な手描きのカップも、最近は妙に手に馴染むようになってしまったなと思いながら。


 

「……それよりも神父様、最近全然見かけませんでしたけど、どこにいらしたのですか?」


「おおよくぞ聞いてくれたの! もうお前さんの旦那が人使いが荒くてのう……お陰でワシは散々な目に」

 突然よよよ、と泣き真似を始める神父様。


「ええ、こんなご老体をこき使うなんて、なんて酷い人でしょう!」

 思わず私も大げさに合わせてみた。楽しい。だってここにはレクトールの悪口を言う仲間なんて居なかったから。


「そうじゃろうそうじゃろう、アニスの旦那はそれは酷い男で……おっと残念じゃ。どうやら時間切れのようじゃの」


 神父様がそう言って居住まいを正したその時、ちょうど居間の扉が開いてその話題の主が入って来たのだった。

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