状況4
「そうです。だから、お二人以外の私の部下たちは、もちろん有能で信頼もできますが私の運命をひっくり返すことはきっと出来ないでしょう。すべてはその話の通りに動くことになる可能性が高い。私の運命を変えるには、その話に出てきていない人物でどこまで状況を変えられるかが重要だと思っています」
「ガレオンを助けておいて良かったのう~」
そうだね。きっとシナリオのままだったら、あの治療院に「聖女」はいない。だからレクトール将軍がどれだけ救おうと手を尽くしてもあの病状だったら、今頃は死んでしまっていたか瀕死で動けなかっただろう。
そして神父様が気がついたとおりに、そのガレオンの次の長候補の人と長老によって「グランジの民」はオリグロウに味方する予定だったのだ。
私がガーランド治療院で頑張って治療師として名前を売って、その噂を聞いて将軍がガレオンを担ぎ込み、そして私が病気を治した。その本来のシナリオにはなかった私の行動で、未来が変わろうとしている。
私の努力がちゃんと実を結んだことを、初めて感じた瞬間だった。
「楽しみじゃのう~若くてかわいい看護師さん~」
「はい? どうしたんですか神父様? 鼻の下のばして」
「あー、アニス、彼の希望がね、そういうことだから」
「はい?」
「老後はの~ワシももう年じゃしの~独りじゃ何があるかわからなくて不安じゃから、若くて綺麗な看護師さんに住み込んでもらってお世話してもらうんじゃよ~~優しい優しい看護師さん楽しみじゃの~頼むぞレック~」
鼻歌でも歌い出しそうなんですけれど、ええ、そんな餌もとい条件で働いていたんですか神父様……?
「なにしろもうワシもよぼよぼじゃからのう~」
って、いや全然元気でしょ……。
思わずスキルを使って視てみたけれど、どこにも深刻なものは視えないどころか、私がすぐなる肩こりも何もないその状態が羨ましいくらいだよ。久しぶりに会ったというのに健康体そのものだ。きっとその看護師さんもやることがなくて暇だろうな。
まあ、神父様が幸せならそれでいいのか……?
「今アニスがオースティン殿に魔術をかけないということは、どうやら問題はないようですね。ではもう一つ頼まれてくれませんか。『グランジの民』と敵対していると言われている『山間の民』ですが……」
うん、将軍、容赦ないね。
「ええ~? また追っ払われるの? ワシ……ちょっと休んでもよくない? ワシお年寄りじゃよ……?」
神父様がすがるように私を見るけれど、いやいや私が将軍様に意見とか、出来ないからー。
でもそうやって能力を買われてこの将軍にこき使われている人は、この城にもたくさんいるのだった。もちろん私にも容赦はありませんよ? 彼の辞書に例外という言葉はないのだ。
神父様頑張って……心の中では私も神父様の味方ですよ……。
まあ、もう冬だしね。いつオリグロウが動き出してもおかしくはなくなってきた。
彼が出来るだけの手を打とうとしているのもわかる。
それに既にオリグロウが遊牧民取り込みに動いていたこともわかった。物事が大きく動く日は近いのかもしれない。
雪が降るのはもう少し先のようだけれど。
彼はどうして死ぬのだろう?
多少状況が変わったとしても、この人の死亡フラグが折れたとは思わない方がいいだろう。
なにしろ主人公補正とか、シナリオの強制力とか、いろいろご都合主義がまかり通っていてもおかしくはないのだから。そう易々とはシナリオは変わらないと思う。うっかり油断して死なせてしまったら、私は一生後悔するだろう。
最初のうちはドキドキしていたこの半裸の姿も、毎日見ていればさすがにだんだん、ただの風景になるもので。
お風呂から上がって目の前で相変わらず上半身裸のまま優雅にお茶を飲む夫(仮)を多少は冷静に眺めるようになった私は考えていた。
「えっくしっ」
カップを持ったままくしゃみをしても、お茶を零さないとはもはや名人芸ですな。これが育ちというものか。
「冬だというのに濡れ髪でうろうろするからですよ。上着を着て、ちゃんと髪を乾かしてください。風邪引きますよ。ただの風邪で死んだら、自己管理が出来なくて死んだ将軍として後世まで語り継がれますからね? そしてその騒ぎの度にいちいち私が呼ばれるのも嫌です……って、なんでそんなに嬉しそうなんですか、おかしいでしょう」
「いやあなんだか妻っぽい台詞だなあと思ってね? 僕に小言を言う妻って、ちょっと憧れだったんだよねえ。いやいいねえ、うん愛を感じる……」
って、なんだそれ。 そんなところに愛を感じるとはどういう思考回路なんでしょうか。
なんで喜んでいるんだ。
愛なら新婚ほやほやの初々しい夫婦の方がたくさんあるだろうに、なんでこの人はこんな所帯じみたものに憧れているんだろうね。今自覚したけれど、今の私、まるで熟年夫婦みたいな台詞だったよね!?
やだわーどんどんこの環境に馴染んできてしまっている自分に驚くわー。
そろそろこの総手刺繍だろう紋入り高級クッションも、頭にきた暁には遠慮なく彼の顔面に投げつけられそうな自分がいるのに今気付いたぞ。前は触るのにもビクビクしていたというのに。さすがレクトールの趣味、ああいい手触り……。
「私はあなたを死なせないためにここに居るんですよ。ですが想定しているのは事件や事故です。普段の健康管理はご自分でちゃんとやってください」
「いやでも妻が心配してくれるというのは、いいものだよねえ? 今のところ僕がいつ死ぬのかはわからないし。今、君が知っている話の通りにならないように全力で努力中だけど、ああ、長生きしたいな。そうして大好きな妻とかわいい子供達に囲まれたい。憧れるね」
って、だからこっちにウインクを送ってくるんじゃない。無駄にキラキラも出さなくていいのよ。結局チャラ男キャラは変わらないのよね……容姿は完璧なのにホント残念な人。
でもニコニコ楽しそうで良かったね……。
まさかのなんでも持っている完璧な王子さまの夢が、そんな所帯じみた普通の夢だったとは知りませんでしたよ。
「まあ本来の流れならばこの冬の間に全てが終わるので、この偽装状態もおそらく春までです。あとはあなたに相応しい奥様と一緒に普通に健康に気をつけていれば、きっと天寿を全うできるのではないですかね。なんなら健康に不安があったときには遠慮なく私を呼んでくれていいですよ。一緒に長生き頑張りましょうね」
にっこり。
本当に、この二人きりの夜の私室で、しかも半裸の色気ダダ漏れ状態で意味深なことを彼はなぜ言うのか。
私を意図的に翻弄して何が楽しいんだ。イケメンなら何でも許されると思うなよ?
こんな高貴で見目麗しい人をつなぎ止められるほどの度量も技術も私にはありませんよ。そんな技があったら恋人いない歴が年齢と並んだりしないのだ。
しかもこの人、見ていると随分な策士でもあるんですよ。さすが将軍。そして軍師も兼ねていた。
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