見かけと真実3
まあ最初は本当に常に彼について回っていたからね。
そりゃもうべったりと。他にやることも無かったし。
最初からそういうものとして認知された方がいいと主張したレクトールは正しかった。
そしてそのためには「妻を溺愛」というポーズが一番都合がいいことも、わかる。
だけれど、そうやって私が書類上「妻」という立場になってしまったがために、そして円満な仲の良い夫婦だと周囲に思われるに従って、最近は私に城の女主人としてのお仕事が増えてきてしまったのも事実だった。
接待だの相談事だの決め事だの。そしてその合間に「癒やし」のお仕事も。
細々と対応して、その合間にはスキルの大盤振る舞いの日々。
その結果、私は最近やたらとこの城の中をあちこちに走り回るようになってしまったのだった。あ、もちろん実際には走らないよ? 淑女はしとやかに歩くのです。でもできる限り早く。最初は足の変なところが筋肉痛になったぞ。
でも走ると家庭教師でもあるアリスに即座に叱られてしまうからね。
でもそんな状況になると、同じ建物の中とはいえうっかりレクトールがどこにいるのかがわからなくなるときもあって、思わず私が一人で焦ることが多くなったのも事実で。
彼を見失う度にどうしても私は、いまごろ彼が何かの拍子に、
頸動脈がスッパリいっちゃったり、
即死級の毒が仕込まれたり、
塔のてっぺんから落下したり、
何かの下敷きになったりしていないかと、ついつい心配になってしまうのだ。
ええ彼を死なせないために私は常に必死ですよ。
そして人なんて一瞬の油断で死ぬこともあるんだから。
過保護? そんな言葉は知りませんね。
だからちょっと悩んだ末に、私はあるとき執務室にいるレクトールに言ってみた。
「あなたのこの執務室の近くに、私が使える机と椅子があると助かるのだけれど、どこかに置けないかしら」
と。
とにかくあちこち城の中を駆けずり回る(比喩)のを、私は出来るだけ減らしたかったのだ。
となると、定位置を決めて用事のある人にそこに来てもらうのが一番効率がいいのよ。
そしてその定位置の場所は、同時に将軍の動きをある程度見張れる場所でなければならない。
ちょっと偉そうだけれど仕方が無い。なにしろ私がここにいる真の理由は、救急隊員としての務めなのだから。初志貫徹、お仕事大事。
私の願いを聞いたレクトールはぴくりと眉を上げて、
「どうした? 大変? ならこの部屋に君の机を置こうか?」
と言ってくれたけれど。
いやいや、それをやったら私に用事のある人がここに来ないといけなくなって、将軍のお仕事の邪魔になるじゃないの。それに私が将軍まわりのマル秘の話を全部横で聞くことになってしまう。最初はたしかにそうしていたけれど、一通り記憶を洗って提供した後は、さすがに遠慮して今はそういうマル秘の話からは距離を置いていたのに。
だいたいあなたたち、すぐに物騒な話を始めるじゃないか。あっという間に話が黒くなるじゃないのよ。出来るなら私は聞きたくないです。人に言えないような秘密を、そんなにたくさん私は知りたくはないんです。私が知らなくていいことは知らないに限る。その方が私の心は圧倒的に平和なのだから。
だから、
「あ、いいえ、ここではなくて大丈夫。隣か、向かいにでも空いているスペースがあったらそこに机を置いて、できるだけあまり城のあちこちに行かないようにできればそれで……」
と言ったらば。
「そう? じゃあ隣の部屋がほとんど使っていないからそこにしよう。早速用意するよ」
キラキラ付きの極上の笑顔でそう言った次の日には、もう工事が始まったのだった。
工事!? 何故? しかも早いね!?
なにその手際。
しかも何をウキウキと設計の打ち合わせをしているのかな!?
「せっかくだから君のイメージで内装も改装して、僕の執務室との間には扉もつけようと思うんだ。その方がいちいち廊下に出なくてすむだろう? それにもし襲撃があった時にも逃げ道が増えて良い。もちろんきみはいつでもそれを開けて直接僕のところに来ていいからね? なんなら常に開けておく? 僕はいつでも歓迎だよ! で、緑と金とピンク、どの壁紙が一番君に似合うだろう、どれが好き?」
って、だからそのキラキラを振りまきながらのチャラ男キャラは工事の人の前で必要なの? いらないよね? そしてウインクするな。
「壁紙なんて、一番安いので十分です。半年使うかどうかなのに、無駄遣いなんてしなくていいの。だから絹布とか使わなくていいから! なんならペンキでいいから! なんでそんなに無駄にお金を使おうとするの!?」
なぜかうきうきと壁紙を選ぶ夫(仮)。しかもその手にある見本は、一番お高いグレードのものに見えるんだけど!?
もう天下の将軍サマ然としていればかっこいいのに、とっても残念です。でも最近思う。多分こっちが地だな。
どうせなら同じ台詞でも、真剣かつ意味深な目で私を見つめながら言われたならもっと…………あ、うん、チャラ男でいいや。
今ちょっと想像しただけで、うっかりときめいて好きになりそうだった。危ない……これは危ないわ……もう想像するのは止めておこう。近寄っちゃいけない世界を垣間見たわ。危なかった……。
そして私が唖然と見守っているうちに、あっというまにこぢんまりとした、だけれど随分贅沢な私専用の小部屋が将軍の執務室の隣に出現したのだった。
特急料金まで払って、誰が使うんだこの部屋……。
金持ちの行動力って、すごいなー。そして無駄に豪華だなー。なんだこの絹の壁紙。なんだこの重厚な机と椅子、そして立派な書棚まで……。
ものすごく重そうなカーテンが部屋の威圧感をさらに増幅させているぞ。
なんでこんなに張り切っちゃったんだろうこの人。この部屋一つで一体いくらするのだろうか。ケロッとしているけれどこの人、実はこういうことが趣味なの?
そしてその日から、毎日私をお茶に誘い出す将軍も出現したのだった。
私の意見? どこにもないよ?
だけど、ああ彼は楽しそうだね……。
直接行き来できる扉まで新調して毎日いそいそとお茶に誘う彼のその姿を見て、人々がますます愛妻家だとかおしどり夫婦だとか妻を愛しすぎて手放せないだとか噂し始めた今日この頃。
ちょっと、いくら一緒にいるためとはいえ、もはやその溺愛演技はやり過ぎじゃあ無いの!? と若干引き気味の私。
でも。
都合上、
「その通りだ。文句あるか」
と将軍が真顔で言うので、
「彼がそう望むので……」
などと私もしれっと調子を合わせている。
お陰でいろいろ楽になりました。ええ仕事が。
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