見かけと真実2

 そしてその後はちょくちょく治療のために呼ばれるようになって、ちょっと嬉しいです。

 せっかくのスキルは活用してなんぼよね。


 嬉しかったから、私も今までの私のポーションの評判を彼に伝えて、いろいろなポーションも作るようになりました。

 これならいちいち私を呼ばなくても、軽い怪我や病気は簡単に治すことができる。そして医務室長がいなくても、助手の人たちだけである程度までの治療が出来るので助手の人たちからも喜んでもらえたのだった。


 人の役に立っていると思えるのは私にとってとても嬉しいことだった。

 あまりに嬉しかったから、調子にのってポーションを作りすぎてちょっと引かれたりもしたけれど。

 でも痛み止めに傷薬に栄養剤、お腹の薬に便秘薬、頭痛の薬と風邪薬と咳止めなんかもいるでしょ? いるよね? え、保管場所がない?


 えーと……ちょっとレクトールに空いている部屋が無いか聞いてみるわね……あ、ついでに棚も……。


 そうこうしているうちに月日は流れ、季節は問題の冬に入っていったのだった。



 

「そろそろ気を許してくれてもいいと思うんだよね」


 見目麗しい夫(仮)は、最近私の方を見ては、よくそういうことを言うようになった。


 いつもの執務室。休みの度に隣の部屋にいる私の所まで迎えに来てはお茶に誘って毎回言うことは、またそれですか?


 毎日毎日顔をつきあわす日々。

 最近はもうなんか、この人の近くにいることが当たり前になりつつある日常。


 いい加減慣れてこの顔にも前ほどはくらっとしなくなったし、適宜漏れ出るキラキラオーラも少々見慣れてきた。なんなら当たり前の風景にも……たまには見える時だって……あるようなないような。


「おかしいですねえ、最初から結構私は気を許してますよ? ほーら仲良し」

 にっこり。


 そして私は今日も同じお返事をしてお茶をいただく。

 最近はこのチャラ男的な甘々発言にもにっこり余裕で打ち返せるようになってきた。


 さすが王族、戦争中なのに良いお茶を確保している模様です。役得とはこういうことを言うのですね。嬉しい。


「じゃあそろそろその丁寧語はいらないんじゃないのかな。もうちょっとほら、こう気安い言い方もあるんじゃない? もっと僕に甘えてくれてもいいんだよ?」

「何言っているんですか、天下の王族かつ将軍様にため口とか、ましてや甘えるなんてないでしょう。身分が違いすぎて不敬です。だからそのキラキラは無駄ですから引っ込めてください」

「いやだけど、式挙げたよね? 夫婦だよね? 僕たち」

「それは私があなたを見張るためでしょう? 期間限定のかりそめなのに、立場っていうものがね? あるでしょう」

「えーまだ期間限定なの?」

「もちろんですよ。ご自分で提案したんでしょう、偽装でって。今はやっと私も『聖女』としてはなんとか渋々認めてもらっていますけど、だからといってあなたみたいなキラキラオーラもないのに一生王族なんて出来ません。私はポーション屋さんで十分です。ここの医務室でも私のポーションが大変好評をいただいて、医務室長ともすっかり仲良くなれてよかったです」

 にっこり。


 毎日毎日ニコニコと、ひたすら甘い言葉を吐くチャラ男。めげない。なぜか全然めげない。何故だ。

 一緒にお茶をいただくようになってからはもう毎日ずっとこんな調子で少々私も戸惑っている。


 私だって素敵な彼とのこんなひとときは楽しい。

 だけど例えばこのおそらく非常に薄い白磁に精緻な手描きのティーカップ、これ一つで一体何人の人が雇えるのだろう? 怖くて間違っても絶対に割れない……。

 その上そのカップとおそろいのこのお皿、知ってます? これ、裏返すと作った工房のマークに並んで、見覚えのある紋が……そう、あのレクトールが「僕の馬車だ」と言ったあの豪華な馬車にでかでかとついていた紋が描いてあるのよ。どうやら「第五王子レクトールの紋」というのがあるらしい。

 つまりは全部彼の特注。オーダーメイド。

 カップにもお皿にもポット、シュガーポット、ミルクポット、そしてティースプーンにフォークにまで。

 全部綺麗に、彼の紋入り。

 

 全部で一式セットということは、きっとスペアなんて無い。なのにうっかり一脚欠けさせてしまったらと思ったら怖すぎて、最初はカップを持つ手が震えたよね。しかも片手の指先だけでこれを持つのが貴族式なのよ? いや両手でがっちり持たせてくださいお願いします。


 そしてそんなことをつい考えてしまう私は、優雅に三本の指先だけで当たり前のようにお茶を飲む彼を見ては、やっぱり自分は王族には相応しくないのだとその都度思い知るのだ。

 こんな生活が当たり前の人生を、送れる気なんて全くしない。



 外の空気が冷たくなってきて、執務室の暖炉にも火が入れられるようになった。


 最初はなんやかやと私が騒いでいた、私室でのプライバシーを守りながらの同居生活も慣れてきて同居のルールも固まった。美しい形でのルームシェアだ。寝室は私たちの意見が一致して隣同士。でもお互いの寝室の間には扉があって直接行き来が出来るようになっているので、白い結婚もバレません。


 居間は共通、食事も一緒。彼が寝ている間は影が寝室で見張り、何かあったら私が隣から駆けつける。

 完璧。


 そしてそんな風に、なんだかんだと四六時中仲良くつるむ私たちの姿に、つまり将軍が執務室の中まで妻を帯同したり、どこにでも連れ歩くことについて文句を言う人は、もはやいない。

 なんていうか、きっと毎日見ていると、人はだんだんと見慣れるのだろうね。


 だいたいどちらかがいると、もう一方も近くにいるはずだと思われるようになってきたような気がする今日このごろ。


 最近はよく私が一人でふらふらしていると、副将軍には

「あれ、もう一人はどこいったんです?」

 とおどけて聞かれるし、ガーウィンに会えば 

「おや珍しいですね、お一人ですか……ふむ、私の雀が彼は今訓練場にいると言っていますよ」

 などと言われるようになってしまった。

 使用人や侍女たちも、ついつい本当に私一人なのかと周りを探すように視線が動いているのがわかる。

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