わたしのうたは火の島を覆う海に溶けていく。

 もっと口を大きく広げて。

 もっと息を吸って。

 もっと声よ広がって。


 舞台袖はきっと光の差す海の中だ。

 あの静けさは不思議な力を持っている。

 舞台の上はあなたのいる陸の見える岩場だ。

 あの緊張と高揚は、あなたが居たから。


 うたうことであなたが振り向いてくれるのなら、

 わたしはもっとうたっていたい。

 深海で震えているだけのわたしでも、

 あなたの傍にいたいのだ。


 だから音よ、もっと響いておいき。

 あなたに届くように。あなたの記憶に残るように。

 

 でも本当はわかっていた。

 綾実ちゃんのことが好きなんでしょう。

 綾実ちゃんを見るその眼差しは、いつも暖かいから。

 確かにそうだよね。

 綾実ちゃんは気立てが良くて、可愛くて、ピアノが上手で。

 ほんの少し気が強いところが怖いけれど。

 でも綾実ちゃんは素敵なお嫁さんになると思うよ。

 だってあんなにいい娘なんですもの。

 それにあなたのことが好きだって、クラスメイトが言っていたし。

 

 なんでわたしがあなたのことを好きだかわかる?

 あなたは忘れてしまったろうけど、

 今年の春、あなたは合唱部で伴奏をするようになったでしょう。

 そしたらあなたはわたしの歌声を褒めてくれたよね。

 本当に嬉しかった。

 だって今まで部員の皆に下手くそって怒られていたから。


 あなたのピアノは優しい音がして大好きだった。

 コンクールは全国大会まで進んでいたね。

 それを知った時、あなたが遠くに行ってしまって悲しかったけれど、

 自分のことのように嬉しかったよ。


 もうすぐわたしのうたが終わる。

 わたしの夏がおわる。

 あなたたちのように素敵な演奏はできなかった。

 でもあなたに聴かせることが出来たのだ。

 いまはそれだけで幸せだ。

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