6
菜穂ちゃんは本当に丁寧にうたう。
ちいさな口をおおきく開けて、一生懸命に。
それは綾実ちゃんがちいさな手で音を紡ぐ姿を思い出した。
菜穂ちゃんの声は本当にやさしい。
春のひだまりのようにあたたかだ。
それは倫也先輩の音を思い出す。
この子のこれからを、本当に決めていいのだろうか。
この子は絶対、優れた素質を持っている。
わたしが壊してしまわないかしら。
この子の未来を。
千絵先生はわたしには素質があると、最後のレッスンで言ってくれた。
千絵先生はいつも真剣に教えてくれた。
あの夏のあとも。
姿勢については耳が痛くなるほど注意されたし、
練習をすっぽかしていたら、母よりも真っ直ぐに叱った。
それでも丁寧にうたったら母よりも褒めてくれる。
大好きな先生だった。
あの頃わたしは千絵先生のようなソプラノ歌手になりたかった。
でも本当になれたの?
「私、先生の声、とっても大好きです!」
お手本を歌い終えた時、菜穂ちゃんは言った。
でも私はあなたの両親みたいな名はないのよ。
「もっと練習したら、私よりも上手になるよ。」
菜穂ちゃんはたまに練習を忘れてしまうからそう言ってみたけど、
これから私よりも上手になることは明らかだった。
菜穂ちゃんは困惑の表情を浮かべた。
「あなたは十分頑張れば、お父さんとお母さんみたいになれるのだから。
ほら、次の曲を聴かせて。」
菜穂ちゃんはまたうたいはじめた。
「終わったよ。今から帰るね。」
レッスンが終わると菜穂ちゃんは綾実ちゃんに連絡をする。
時計は6時を過ぎていた。
「それじゃあ、ご両親によろしくね。」
「また来週もよろしくおねがいします。」
菜穂ちゃんは帰っていった。
わたしは菜穂ちゃんみたいな女の子になりたかった。
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