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ある残暑の頃、倫也先輩、綾実ちゃん、菜穂ちゃんが交通事故に遭いました。
大きなトラックが、あの三人家族の乗った中型車を粉々にしてしまいました。
前に乗っていた倫也先輩と綾実ちゃんは即死でした。
後ろに乗っていた菜穂ちゃんは脳死していました。
そのニュースを観たわたしは、その場に立ち尽くしていました。
わたしは車を飛ばしました。
何よりも速く、トラックよりも速く、さかなよりも速く、
病院は親戚だと嘘をついて関係者から聞き出しました。
彼らはあの日、海へ行っていました。
私達が育った、あの渚へ。
綾美ちゃんのよく行っていた雑貨店を通り過ぎました。
私の大好きだった港の公園が見えました。
倫也先輩の通っていた楽器店のある商店街は、今日でさえも賑やかです。
潮風で錆びた看板、赤と青の相対する自動販売機、
蒼を背に立ち輝く向日葵は昔と変わりませんでした。
古びたトンネルの前には酷い事故現場がありました。
トンネルを抜けて少し走ると丘の上の病院がありました。
わたしは急いで不幸な目に遭った少女の居る病室へと走りました。
血色の良い頬は青白くなり、うたを生み出した唇は紫色でした。
信じたくありませんでした。信じたくありませんでした!
しかしその顔立ちの良い優しい手の少女は紛れもない菜穂ちゃんでした。
ねえ菜穂ちゃん、あなたの両親みたいな音楽家になるんじゃなかったの。ねえ菜穂ちゃん、あなたは藝大に行って、留学して憧れのドイツに行くって夢があったじゃない。ねえ菜穂ちゃん、また歌ってよ。わたしあなたの歌が大好きなのよ。あの歌が聞こえないと、私、死んでしまうわ。倫也先輩と綾実ちゃんについて行かなくていいのよ。元気になったらわたしの家へいらっしゃい。そしたらあなたの好きだと言っていた流行りのお菓子をたくさん食べましょう。ねえ菜穂ちゃん、あなたが居なくなってしまったら私、どうして生きていけばいいの?私、あなたにうたを教えることが生きがいだったのよ。私はあなたの両親のような音楽家ではなかったのだけれど、あなたに教えることで音楽をあの夏みたいに愛せたの。あなた達家族は私の宝物だったのに、私の大切な人たちだったのに!ああ、本当に許せないわ。あのトラックの運転手は地獄に堕ちてしまえばいいのにねえ!ねえ菜穂ちゃん、そう思うでしょう。ねえ菜穂ちゃん!そうだわ。私があなたと変わってあげる。そしたらまたあなたは生きることが出来るでしょう。菜穂ちゃん知ってる?大学は大人になっても入れるのよ。あなたは高校受験についてさえも知らなかったのだから、わからなかったでしょう。だから藝大に入りなさい。ねえ、あなたの夢のつづきをみせてよ、菜穂ちゃん!
そんな言葉も虚しいだけでした。
菜穂ちゃんはドナーカードを持っていました。
どうしてそんなものを持っているの?
そしたら絶対にうたえなくなってしまうじゃない。
ねえ菜穂ちゃん、わたしはこれからどうしたら良いの?
もう音楽なんて、できないよ。
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