2
午前三時。連雀通り。府中街道に重なる交差点にて。
信号機の明かりが、夜の黒にちかちか浮かんでいる。
しかしどうしてこんな時間にこんな場所にいるのかさっぱりわからない。
ただ、一人きりの家で煮詰まっていると頭がおかしくなりそうで、衝動的に外に出た。イヤフォンもつけて、夜中のどうしようもない静寂をやり過ごすために。
小平市に住所を置き小金井市のスーパーを使い国分寺駅が最寄り駅という、なんだかよく分からないワンルームに居を移してから、どれぐらいの時間が経っただろう。その間積み上げたものは、世間的に無駄と呼ばれる箱に詰め込まれた経験と、ちまちま歩いた歩数ぐらいなものだ。
「……」
歌手になりたい。
なんてほざいて田舎の家を出てから、どれくらいの時間を無駄にしただろう。
なれたんですか?
なれましたよ?誰も知らないけどそれでもよければ。ってな具合だ。
今さら真っ当な職に就こうにもそれにしては若くないし、そのためのガッツもない。
そして別にやりたくないことをやるほど年を取ってるとも、自分で思っていないのだ。
たちが悪いね。
こんな存在が生きててどうなるか、将来どうなるか、想像はつくだろう。
体を壊した中年が、カップラーメンとか弁当のゴミに囲まれて飢え死に。
生き延びたとしても、孤独な老人が一人、生活保護やら福祉やらで社会の足を引っ張る。
そんな感じか。
ならとっとと死んでしまえばいいのに、と思うかもしれない。その通りだと思う。
自分でもなんでそうしないのか不思議なくらいだもの。
「……」
ところで、なんでもこの辺りは武蔵野台地と呼ばれる平坦な土地なんだそうで、たいそう散歩向きである。お陰でついつい遠い場所まで歩いてしまって、帰りに電車を使わなきゃいけないこともしばしばだ。
そんな感じで府中街道を南へ、西国分寺駅の方へ歩く。
寝静まったファミリーレストランの駐車場を、いくつもの道路灯が照らしている。
歩きながら物事を考えていると、思考が前向きになるんだそうで。おかげさまでこんな頭にも何かが浮かんできたりする。歌詞のアイデアとか、よさげなメロディとか。
それをみんなの前で披露している、ありもしない自分の姿。
得意気にインタビューを受けたりとか、誰かに憧れられたり。
嫌になっちゃうね。
そう、たちの悪いことに、こうやって平坦な道路をどこまででも歩いていると、前向きなことも浮かんでくるのだ。それがたぶん、こんな人生でありながら未だ死なないでいる理由。
ファミリーレストラン横の熊野神社通りに入り、新府中街道を行く。
街道がJR中央線の線路と交差するその場所に、それはある。
「……」
国分寺陸橋。
なんの変哲もない陸橋だ。でかい道路とでかい歩道。たくさんの道路灯が二列で並んでいる。田舎から上京してきてどれくらいの時間が経っただろう。無駄にした時間のなかで、ふと見つけた場所。
一番好きな場所。
―――そんな場所が、こんな人生にもあるという。
いや、たぶん、もしかしたら、こんな人生だからこそここを好きになったのかもしれない。そりゃそうだ。見向きもしないもの、こんな変哲もない陸橋なんて。無駄と呼ばれる人生でなければね。
「……」
なんてな、まあそんなことは知らないけど。
とにかく、今だこの身が死なずにいるのは、この世界が綺麗に見える瞬間があるからなんだ。
目の前に浮かぶ道路灯の明かりや、
その上に浮かぶ月の明かりや逃げ遅れた星の明かり、そして
「……」
時刻は午前四時半。
空が白んできて、夜の黒が藍に変わっていく。
武蔵野台地は平坦なので、陸橋の上にいると遠くまでよく見える。
そのさらに向こうから、光が昇ってくる。
一番好きな時間がやって来る。
それを一番好きな場所で待ち受ける。
イヤフォンからは一番好きな曲が流れている。それは、
それは、こんな人生でも、生きててよかったって思う瞬間。
「……」
誰がこんな景色を作っただろう。
まるで冗談みたいに綺麗じゃないか。
例え未来に何があっても、大丈夫なんだって思えるじゃないか。
「……ああ、そうだ、そうだった。ぼくは……」
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