第19話ドキドキとタジタジ

 さっきまで一緒にお酒を飲み、そして過去を少し知った神崎さんと同じホテルにいると言うだけで、何故か私はドキドキしていた。

 こんなドキドキ感は、学生時代に付き合うか付き合わないかの寸前の同級生と、夏の花火を見た後のちょっと甘酸っぱい思い出以来だ。


 あの時と違うのは、私が完全に神崎さんの気持ちにおんぶに抱っこで、助けてもらっていると言うことだ。情けないとも思ったが、私は神崎さんの事をもっと知ってみたくなった。今日の彼のちょっと悲しげに話す顔と、その後に見せた笑顔のギャップが何故か気になって仕方がなかった。


 小さなビジネスホテルの一室。頭の痛さを感じながら、私は酔いを冷ますため、さっき軽くシャワーを浴びた。さっきまでこの部屋に神崎さんがいた様子を思い出す。


 ちょっと恥ずかしくなった。

 朝食付きとか言ってたな……。朝、また会えるのかな?

 なんて事を妄想していると、部屋の暖かさとは別の熱い感情が押し寄せてくる。

 どうしたんだろう。私、今夜はもう神崎さんにどっぷりだ……。


 サエさんのことを話してくれたからだろうか? いや、偶然とは言え、ナンパ男を撃退してくれたからだろうか? はたまた、さっき私がベッドに転んだ時に顔が間近に感じたからだろうか……。いやいや、そのどれも、私に取っては新鮮だった。


 どうしたんだろう……。さっきから本当にドキドキ感が押し寄せてくる。

 ただ同じホテルにいると言うだけで、何故か神崎さんの事が気になった。今夜、眠れそうにもないなぁ……。シャワーを出て、寝巻きに着替えると、いつもとは違うベッドに横たわる。


「やっぱりこれは偶然じゃないよね」


 神崎さんも言ってたけど、私……、サエさんの生まれ変わり? そんな訳ないか……。


 でも、2度目を救われるなんて、なかなかないものだ。気になって眠れないや……。今頃神崎さんは、ぐっすりなんだろうか? 私と同じ思いで眠れないで欲しいなぁ……。


※※※※


 気がつけば朝だった。


 私はいつの間にか眠っていたようだった。朝の光が小さな窓のカーテン越しから差し込んで目が覚めた。

 時計を見ると朝の7時が来ようとしていた。確かホテルの横にコンビニがあったはずと思い、軽く着替えるとコンビニでコスメセットを揃えた。

 神崎さんに借りた1万円を出し、会計を済ませると、私はホテルに戻る。軽く化粧を整えると、朝食を摂るべくサービスルームに出向く。


 するとそこにはコーヒーカップにコーヒーを注いでいる神崎さんの姿があった。


「あっ、おはよう、眠れた?」

「あっ、おはようございます。あっはい……」


 続け様に神崎さんは、いつものように優しく接してくれる。


「昨日は、ごめんね? お酒、付き合ってもらって」

「いえいえ、私も楽しかったです」

「僕、酔っ払って、変な事言ってないよね? アハハハッ……」

「酔ってたとは思えない態度でしたよ?」

「そうかい? 伊月さんはどうだった?」


 ドキドキしてました。なぁーんて言えるはずもなく、私は「大丈夫でしたよ?」と端的に答えた。すると神崎さんは、まさかの言葉を吐く。


「いやあ、あの後、なんでか中々寝付けなくてさ?」


 えっ? いや、私もなんですよね? ドキドキしてて、ずっとあなたのことを思ってました。なあーんて言えるはずもなく……。


「やっぱり昨日話した、サエと伊月さんを重ねちゃって……悪いよね?」

「えっ……?」

「ほらぁーそうやって、聞き返すところなんて、面談の時から思ってたけど、そっくりなんだよね?」


 えっ……。でも普通聞き返すでしょ? ってか、それで以前、変な笑みを浮かべたって事なの? 私は意を決して尋ねた。


「面談の時、変な笑みを浮かべてたのは、もしかして、サエさんと被らせたからですか?」

「あっ、バレちゃいましたか? すみません……」


 やっぱりそう言う事だったんだ。神崎さんの中で、サエさんは大きい存在なんだ……。そう思っていると、神崎さんは思わぬ事を言う。


「いやはや、可愛い人だなぁって思ってね?」

「えっ……」


 私は、その言葉に顔を赤らめた。そして、思わずコーヒーメーカーのコーヒーを注ぐグラスを水のグラスと間違えて注いでいた。


「あっ……」


「アハハハッ……。そう言うところも可愛いよね?」


 神崎さん、どうしちゃったの? 私は思わず、笑いながら近くの席に付き、小さめのクロワッサンをちぎり頬張る神崎さんに目をやった。



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